↧
0821 潜水の歴史 10 ヘルメット潜水③
竜宮城、観客席から視た。 ダイビングの歴史を企画し、梗概をかいているときは、あんまり脱線せずにシンプルにまとめようとおもっていた。 しかし、原稿を書くための参考書として、「人類20万年 遙かなる旅路:アリス・ロバーツ」...
View Article0823 潜水の歴史 11 減圧症
潜水して、水圧と等しい、圧力の高い空気をこきゅうするようになったとき、そして、ダイバーの水中滞在時間が長くなり、潜水機が実用になることによって、潜水病、減圧症と人間との戦いが始まる。 潜水病、減圧症については、ダイバーの常識でもあり、専門の書籍も多数でているので、ここでは減圧症そのものについては説明しない。 「房総の潜水器漁業史...
View Article0830 潜水の歴史 12 アラフラ海 ダイバーの墓場
明治から大正にかけて、そして、第二次大戦まで、日本のヘルメットダイバーは、世界に出稼ぎにでる。 カリフォルニアのモントレーには、アワビ採りが、出て行き、アワビステーキをその地の名物にした。オーストラリア、そして、アラフラ海へ、白蝶貝の採捕に出て行く。...
View Article0906 潜水の歴史 13 南部ダイバー
ヘルメットダイバーは、自分の出身地、もしくは修行したところの地名を肩書きのように使うことがある。名が通っているのは、房州潜り、そして、南部潜り、アラフラは紀州潜りだ。...
View Article0909 ダイビングの歴史14 ヘルメット式潜水機のすべて
話の順が逆になってしまったように思われるかもしれないが、ヘルメット式潜水機について説明しよう。 ダイバーはまず潜水服を着る。着ると言うより手足の付いた袋に入ると言った方が良い。 水返し 手首はリストシール、きついゴムの袖口、足は袋だ。ドライスーツと同じであるが、ドライスーツのように、身軽ではない。身動きできないので、椅子に座って、綱持ち(アシスタント)に、すべてやってもらう。...
View Article0913 ダイビングの歴史 15 海底二万里
海底二万里 南フランスの真ん中あたり、エスパリオン(Espalion)(エスパロン?)という街に潜水博物館がある。周囲に海もないのに、なぜ? https://www.divingheritage.com/espalion.htm 1864年、フランス人鉱山技師ブノア・ルケロール Benoit...
View Article0924 ダイビングの歴史 14 マスク式 1
マスク式は、長くなりそうだ。 本にするときに、全部収録できるかどうか? そして、資料にもう一度目を通さなくてはならない。これが大変で、停滞していた。 マスク式とは マスク式とは、顔を覆うマスクを着け、水面からのホース送気で呼吸する潜水機である。顔の全面、眼、口、鼻を覆っているのが原則であるが。大串式のように、目鼻を覆い、口は送気の弁操作にあてるものもある。...
View Article0925 ダイビングの歴史15 マスク式 2
大串式潜水機 2 岩雄は、上京して東京潜水工業で、歯で噛む方式の潜水器を完成させる。特許は東京潜水工業の渡辺理一の名前で、世界各国、イギリス、アメリカ、フランスに出願される。1918年(大正7年)のことであった。 上に示した写真、図は、英国の潜水団体BSACのテキスト(英文)「Sport...
View Article0928-29 波佐間 水中調査研究会
波佐間 水中調査研究会 水中ドローン演習 東大海洋調査探検部を指導する形で合同プロジェクト 東大からは、5年生 田村君 3年生 菊川君、2年生 深谷君、伊藤君の4名が参加する。...
View Article1006 ダイビングの歴史 16 マスク式 3 「海底の黄金」
沈没船の宝さがし、宝の引き上げは、誰でも興味を持つテーマである。そして、その富の量に比例するように危険でもあるから、冒険、命がけにもなる。...
View Article1009 潜水の歴史17 マスク式4 山本式マスク
ものを作って売るという行動、商売は、特許と切手も切り離せない。大串岩雄氏は、発明一筋、すなわち特許一筋だったわけで、自分もあんまり成功しなっかったが、いくつも特許をとった。 そもそも、特許とは、ある工夫、ある製造物について、その考案者が出願して認められた場合、ある期間それを独占的に、製作し販売できるもの、と僕は理解している。...
View Article1013 潜水の歴史 19 マスク式7 三浦定之助
トップに出したのは、三浦定之助著 「潜水の友」に出されている三浦先輩の写真、手にしているのは山本式マスク、マスク式は潜水服は着ていないないでも、この服装で潜れる。 三浦定之助は、1887年 明治20年 生まれ、1909年 明治42年 農林省水産講習書漁撈科卒業、 水産講習所は、東京水産大学の前身だから、先輩になる。 長崎県水産試験場技手、東京潜水工業 技師を経て 静岡県伊東水産試験場場長...
View Article1014 魚の泪
僕がブログを書き始めたのが、2005年 6月11日、楽天のブログで書いた。写真を大きく乗せられない、などの不満があって、現在のエキサイトにかえたのが、2008年の9月5日だ。 自分の書いたものを資料として使っているので、度々見直すのだが、楽天時代の方が、良い文章があったような気がする。加齢とともに文章力が衰えて行くので仕方がないことではあるが、...
View Article1016 図鑑を読む 1 酒井恒 日本蟹類図説
イシガニ ダイバーの大半は図鑑好き、図鑑を手にして使っているはず。それぞれ、好きな図鑑があるだろうし、図鑑に一言あると思う。...
View Article1017 ダイビングの歴史20 山下
三浦定之助の「潜水の友」に続くのは、その同じ昭和10年、1935年には、A型マスク、旭式マスク、それに対抗する海王式もつくられ、平行して地中海では、フィンが生まれ、使われて、第二次大戦に突入していく構成を考えていた。 しかし、三浦定之助と並ぶ、これも講習所の先輩の山下弥三左衛門を置いていくと、どこに填めようか?...
View Article1018 図鑑を読む 2 甲殻類(カニ)
酒井先生の蟹の図鑑からはじめてしまったので、蟹から行こう。 [カラー図鑑 カニ百科、1986年、村岡健作、小田原利光 監修、]...
View Article1105 ダイビングの歴史 21 旭式マスク 1
旭式 気嚢付きが特色のマスク 旭式は、浅利熊記(1908-1963)が、昭和8年(1933)頃 後の「浅利式軽便潜水器」の原型となる「ポピュラー潜水器」をつくった。、 そのマスクの残骸が船の科学館に所蔵されている。全くの残骸で、顔に当てて見ることもできない。ゴム製で、フルフェースだったとわかるだけだが、アサリの字が見える。...
View Article1110 ダイビングの歴史22 マスク式 2
旭式マスク 第二次大戦が終わり、戦後、1945年、日本の急務は、食料の確保だった。 食料生産者である農業、漁業はなによりも優先した。 北洋漁業、サケマス漁は、現在でこそ200海里の領海の線引きがあり、ロシア、アメリカの領海には出て行かれないが、戦後、1960年代までは、独航船と呼ぶ数10トンの漁船で、数千トンの母船を中心に船団を組んで、オホーック海、ベーリング海に出漁して行く。...
View Article