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Channel: スガジロウのダイビング 「どこまでも潜る 」
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0402 人工魚礁研究 1

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人工魚礁研究会 1
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 3月30日、NHK総合19時30分 「潜れ、さかなクン」波左間の人工魚礁をやった。映像は美しく、見た多くの人に、これが東京湾なのか、と、眼を見張らせることができたと思う。そして、人工魚礁とはどんなものなのか、そして何のために作られたのか、その一端をわかってもらえたのではないだろうか。 3月16日の漁場研究会(沿岸漁業の漁場研究シンポジウム)で、巨費と時間を費やして日本全沿岸に営々と作り上げて来た人工魚礁とは、何なのか国民に知ってもらうことが大事なことなのだと発表した。その一環にもなれば  その番組の人工魚礁の部の中心であり、僕たちの魚礁研究会の第一のホームでもある、波左間の人工魚礁群を説明しよう。  東京外湾は、黒潮の影響を強く受ける。 世界一の巨大海流、黒潮は四国沖を洗い紀伊半島沖から、伊豆七島の八丈と三宅の間あたりをうねるように通り過ぎて本州沖を三陸に向かうが、その反流が房総半島を東京湾に向けて逆流してくる。流れは波左間沖を通り、東京内湾のやや手前、保田、金谷あたりまでくる。
 その潮に乗って、東京湾に入ってくる魚を沖で足止めして、定置網に誘導しようとする魚礁群が館山市の沖合、水深70ー80mに点々と並ぶ。その沖から、魚礁をたどって岸方向に魚が向きを変えるように、水深40m、30mに魚礁が並ぶ。魚礁配置図の1 4 9 13 14 がそれである。

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 沖合の水深70ー80の魚礁を深場、水深30ー40mの魚礁をこれは、ダイバーの感覚では十分に深いのだが浅場と呼ぶ。これら浅場、深場の定置網誘導魚礁は、比較的新しく、平成20:2008年から2011年に設置されすべて鉄鋼であり高さは 12mから9mと高い。魚礁は、水深が深くなるほど高くして、水面と魚礁の最上部の間、最上部の水深をそろえるようにしている。
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 これら鋼鉄製より浅く、水深20ー30mにはコンクリートの大型魚礁群が二つ配置されている。21と22がそれである。 コンクリートでも、これらは大型で6mの立方体が 10基乱積みされている。21,22がそれ。

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 残念なことに、せっかく魚礁を設置したのに、最も大型の定置5号、波左間の右隣、浜田漁港の前にあるので浜田の定置は、現在撤去されている。やがれ復旧するだろうが、この定置には、在りし日に何回か潜水したことがある。おおば鰯、大型の鰯群が入ったのを撮影したが壮観だった。 波左間の定置6号は健在である。 この海域の定置網は、大型の5号、6号の他に小型定置が、板田、州崎にあり、稼働している。 先日、メガマウスシャークが入ったのは州崎の定置であり、州崎から、波左間に連れてきた。  これら定置網に誘導する魚礁とは別に、沿岸には、魚を集める魚礁が多数設置されている。  魚もエビもイカも、いわゆる魚介類は、海の中に平均的に普遍的に存在して居るわけではない。すべて礁に付いている。たとえば、ダイバーが集まる大瀬崎、湾内は、岸近くに積み重ねられた大きな石の斜面を魚礁として、魚が集まっている。先端部は、大きな転石が魚礁になっている。ダイビングポイントと言われるような場所は、ポイントになる何かが磯としてあるはずだ。いわゆる磯は、すべて魚礁なのだ。魚はすべて魚礁に付くが、その付き方が種類によって様々にちがう。常にぴったりと身体を付けていなければ安心できない種類、ある距離、間隔をあけていて、何か用事があると魚礁に行く、夜、寝るときに潜り込む場としている魚、回遊魚とは、魚礁と魚礁の間を回っている回遊している魚なのだ。 クジラは魚ではないが、小笠原という礁から、久米島という礁へ、奄美大島という礁を経由して旅をしている。島ほど大きくはないが礁よりは大きい大和碓(タイと読む)などという碓もある。魚が集まる地点を大きい順に並べれば、島、碓、礁 になる。 自然にある礁、磯ねを天然礁、その礁を人為的に作ったものが人工魚礁だ。 砂地に石を一つ置くと魚が集まる。石を山と積めばたくさんの魚が集まる。たくさん積むのを投石という。投石をどんどん大きくして碓にちかくしてしまおうという人工礁もある。 魚類生態学とは、礁と魚との関わり方を調べることに他なら無い。 魚を増やす方法としては、卵を集めて孵化させ、稚魚を放流する方法がまずある。が、すべての魚種の孵化放流ができるわけのものではない。ごく一部だけにとどまる。大多数の魚種について、人間が何か積極的に増やそうとする手段は、間接的ではあるが魚礁を増やす他ない。 第二次大戦が終わって、まず日本が直面したのは、食糧難だった。海に囲まれている日本は古来より海に蛋白源を求めてきた。四つ足は食べなかったのだ。 問題になっているクジラもたくさんとって、シロナガスなどは、絶滅危惧種になった。遠洋漁業、よその国まで出かけて行ってでも魚を穫りまくった。やがて、他国からは閉め出される。手近の沿岸で、魚を増やしたい。1950年代の後半から、(沿岸漁業構造改善事業)今のような形の魚礁をいれはじめ、1974年沿岸漁場整備開発法ができた。これは端的に言うと沿岸の魚を増やす法律であるが、魚を増やす具体的な手段は、人工魚礁である。なお、人工魚礁という名称定義は1954年に確立した。 そして、全国津々浦々に人工魚礁が入れられることになった。 このようにして投入されたのが昭和56年 1981年 0。8m角、立方体のコンクリートブロック  192個が水深20mに投入された。良い魚礁群である。 続いて、昭和58年 1983年 廃タイヤを束ねた礁が入れられた。このまま行くと日本の沿岸は、廃タイやで埋め尽くされるところだったが、タイヤの化学物質我聞代になり、幸いなことにタイヤはこれだけで終わった。 そしてやはり、コンクリートブロックということで、2m角のブロック 165個が平成10年1998年に枕設された。全国ほとんどのコンクリートブロックが、投入、投げ込まれたのに、これだけは、ダイバー誘導で(波左間海中公園の荒川社長が誘導)きちんと積み上げられた。これが、今度3月30日の番組のポイントであるドリーム礁である。きちんと積まれた、枕設された事によって。中に入って行かれる、竜宮、ドリームになった。  波左間の魚礁群は、岸、0、8ブロックのこれもきれいなのでニューパラダイスと呼んでいる。から、ドリームへ、岸から沖へ向かった群と、定置への誘導、沖から岸へ向かう群と、二つの魚礁群がドリームで交錯する。人工魚礁の調査観察に最適なポイントとなった。人工魚礁の歴史も鳥瞰でき、すべてのタイプの魚礁が見られる。魚礁と魚の調査研究には最適の場である。  ダイバーの視点から見て、伊豆半島は、天然礁が集まってできたようなものだ。富士火山帯の溶岩が押し出して自然の魚礁になっている。房総半島も外房は良い礁が連続している。ダイビングサービスで言えば、西川名は、すばらしい天然礁、V字谷などがあるが、最近鮫で売り出しの伊戸は、良い天然礁もあるが、ダイビングポイントになっている部分は、平砂浦という砂地に続いた海に、人工魚礁が設置されている。 内房は、外房に比べて、礁が薄い。波左間にも、高根と呼ぶ良い自然礁があるが、それだけでは寂しい。 人工魚礁あってのダイビングポイントである。 ダイバーも魚と同じというか、魚に付くものなので、魚の付くところにダイバーも付く。  ワークショップ、人工魚礁研究会再出発でリリースした。 今度は本気になってやるつもり。前に本気でなかったわけではないのだが、前を振り返って、反省して再出発するときの常套句である。

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