2016/05/08 09:58 8080
久しぶりで書きたいことを書こう。最近はポメラのD100のキーパッドが良いので、キーがすべる。
81歳になって、もう怖いものはない。言いたいことを言い、やりたいことをやろう。若いころ、年をとったら、そうしようと思っていたが、実際にその年令になってみると、自分で驚くほど、人の意見が気になり、気兼ねして、小心者のように生きている。それではいけない、と反省したりしてもいる。
で、
高齢者の潜水について、お医者さんは、人の命に責任を持った発言をしなくてはならない。人は千差万別だし、相談に来る人は、必ず身体のどこかに問題を持っている。その立場で発言したり、書いたりしている。高齢者も死んではいけないと言う立場を通さなければならない。その立場でDANの記事とか、月刊ダイバーの記事とか書いている。
ダイバーとしての自分、ダイバーとしてという前提がまだ書ける。ダイバーとしての自分は、自分の命についてだけの発言であり、自分の命は自分だけが責任を持っている。若い頃は、自分の命は自分だけのものではなくて、家族のものであったり、会社のものであったり、国のものであったりする。高齢者という称号は、自分の命は自分だけのものと考えても良いという意味だ。
80歳で80m潜るというと、危ないからと止められる。それは、自分が病弱だから危ないのだという意味に解釈している。病弱だけれど、病気にはならないで、何とか潜水を続けている。海は最低月に2日、夏になれば、今年は最低5日は潜る予定でいる。ダイバーであり続けるために生きている。
ストイックになるのは、自分が病弱だからで、いつもおつきあいいただいている波左間の荒川さんは、確か76歳だったか、規則が変わったので、40mなどと言っているが、たぶん定置網の作業で60mまでは日常空気で潜っているはずだ。彼は、90歳で90mにもぐれる。僕が80歳で80m潜ることなど、記録でも何でもありはしない。しかし、自分なりの新しい潜水方法、機材で自分の80mを潜りたい。自分の若い頃からの深く潜る潜水はすべて、その時点で新しい方法を追求した。60歳の100mは残念ながらお仕着せのシステム潜水だった。それを残念だったと思う自分がここにいる。
先日、中川と8080の話をした。彼も60歳を越えた。リブリーザで100mを彼は平気な顔をして、普通に潜っている。それはテクノとジーの進歩であり時代なのだ。そして、彼は病弱ではない。病弱な僕は、60歳の時は60歳が行き止まりだと思った。その考えが間違いで、65歳で癌にかかるまでは、60以前よりもハードなダイビングをした。その頃が一番幸せだったかもしれない。ヨーヨー潜水で、3ノットの黒潮に20ー30mの潜水を減圧症覚悟で繰り返したりした。
65歳、高知のくろしお牧場、
今年のゴールデンウィーク、緑ちゃん、中川、大西、みんないっしょに潜ることができた。
これから先のダイバーの世界では、80歳80m、90歳90mも普通のことだとおもう。僕の80mというのは語呂合わせであって、それほどこだわってはいない。ただ、新しいスタイルの潜水機材のテストなので、50mでも60mでもよいのだが、目標は設定して置かないと、ここまで、と止めることができない。ずるずると83m、85mと行き、最後は潜ったきりになってしまう。80mで止めるといういみだ。
潜りかたも人それぞれで良いとおもう。周辺をながめれば、中川のスタイルもあれば久保さんのスタイルもある。だから、僕は僕のスタイルを追求しても良いと思う。僕のスタイルとは、81歳のスタイルだが、このスタイルならば、身体に障害のある人でも、あるいは、元気の良い、ダイビングには素人のスポーツマンでも特別の訓練なしで、潜れるというシステムの開発である。