広島に向かう、のぞみの席でこれを書いている。のぞみは恐ろしく速く、そしてよく揺れている。
二日目の潜水、半数が、レンタカーで島内一周観光にでかけた。別のところに行こうかとも考えたが、海況がトウシキプールより良いところは、考えられないし、同じ所を繰り返し、潜ることで進化上達する。
レンタカー観光組のだれかが、プールサイドにサンダルを忘れていった。僕が薄いブーツを履いて、これを履くと、ぴったりとして。足に吸い付くようだ。これを拝借することにした。帰りの船で返せばいいだろう。
一番手前の、養殖場跡地プールの底には、外に向け出られる隙間がある。1956年には、そんな穴は無かったように思う。記憶に無い。とにかくこの下をくぐり抜けて、外に出よう。回り込んだ位置は、中のプールの潮下の、安全ロープの10mほど下になっているので、遡らなければならない。
とにかく行ってみよう。山本さんがするりとくぐり抜けた。僕が抜けようとしたとき、引き波の水の動きで押し戻されて、背中がひっかかり、2mほどの距離なのだがその中に閉じ込められるような感じで、すこし焦った。この壁の下の天井にイセエビがいるとかで、撮影しようと思っていたのだがその余裕は無かった。山本さんが「どうですか?」と聞いてきた。僕は、自分が引っかかって押し戻されそうになった感じから、「田端さんがムリだろうと思う。」と止めさせるように頼んだ。田端さんは最高齢の女性で、少し血圧が高く、降圧剤でコントロールしている。
山本さんが戻って、少し間をおいて、次々とくぐり抜けてくる。そのうちに、田端さんまでが引張りだされるようにして抜けてきた。ここから、回りこんで、流れを遡るのが心配だが、みんなでまとまっていけば、ちょっとした冒険だけど、いいだろう。山本さんが細いタイヤチューブを持っていて、これにつかまらせれば、大丈夫という顔をしている。いっしょについてくれているスタッフの南さん(名前を確認していない)が一緒に泳いでくれるので、GO サインを出して、泳ぎだし、中のプールへ回り込んだ。波がかなりあるので、ショートカットはできない。先端を回りこむ。回りこむとかなりの流れで、昨日よりもずっと速い。1~1.5ノットぐらいある。一生懸命泳いで、遡れる程度で、ガイドロープにたどり着いて、ガイドロープにつかまって休んだ。
水路(プールの真ん中)を強行して遡ろうと泳ぎ始めたら、バディの玉田がフィンの先をちょっと、後ろから引っ張って、縁を泳ぐように指さす。流れは、水路の中心で速く、縁であ遅い。当たり前のことだが、彼女に指示されている。みんな次第に上手になって行く。左の縁流れが止まっているところがあり、岩の上に立つこともできる。ここで、一息入れて、田端さんが来るのを待つ。チューブにつかまって、引っ張られて、ようやく遡ってきた。
その時、バディの確認をするべきだったのだが、僕も自分のことが精一杯で、やらなかった。一応揃ったとみたので、水路の中を遡って、昨日のタイドプール水路、潮上のセフティロープに接近して、撮影したり、クマノミを撮ったりする。バディはついてきている。が、全体を見ては居ないし、流れがあるので見られない。岩の上に上がる、上り口まで戻ると、田端さんが、アシスタントに助けられて、登ろうとしている。フィンを外そうとして転げて、フィンをはずしてもらっている。フィンをはずしても、ここからよじ登らなければいけない。心臓に負担がかかる。アシスタントは岸まで連れてくれば役割が終わったと思うだろうが、ここからが大変であり、危なくもあるのだ。ここで、人数チェックをした。Aさんが、Fさんが居ないという。
彼女はかなり神経質に怖がっていて、それが良い方に働いている。目配りをしてくれている。たしかにFさんがいない。しばらく騒いでいると、上に上がっていることがわかった。ダッシュが得意で無いので、さかのぼりきれないで、きれないで、ガイドロープの辺りで上がったのだろう。おそらく、きつくてパニックになったのだろう。毎度の浦安の練習で、80mのダッシュをやってもらっている意味がここにある。
問題はバディがその場に居なかったこと、上がるのを確認していなかったことだ。バディのKさんは、泳力は抜群で、フリッパーレースの100mに出ている。親子のスノーケリング講習をてつだってもらって、バディシステムの手伝いをしてもらっている。バディシステムの重要さを書いたスキンダイビング・セーフティも買ってもらっている。僕の反省としてはバディシステムの組み合わせを熟慮しなかったことで、集まったその場で適当にきめていたことだ。
僕は、この日は一回のダイビングで終了かとおもっていた。高齢になり、やはり、考えが後退的になっている。若いゲストの寺内マトンや、小山君は、僕のアシスタント、レスキュー要員のつもりだったのだが、今回はケンボーダイビングのアシスタントにまかせきりで、楽しんでいる。良いことではある。楽しければそれで良いのだ。
水路プールの上手のレスキューラインの外側に飛び込み台のような岩があり、山本さんの息子などと一緒に飛び込んで遊んでいる。水から上がって岩をよじ登ってまた、飛び込む。若いのだ。
浅い、膝の辺りの水深のタイドプールにエビがいるので腹ばいになってエビを見ている。これは、僕も付き合った。COOLPIXのマクロは、オリンパスに及ばないようだ。
二日目の潜水、半数が、レンタカーで島内一周観光にでかけた。別のところに行こうかとも考えたが、海況がトウシキプールより良いところは、考えられないし、同じ所を繰り返し、潜ることで進化上達する。
レンタカー観光組のだれかが、プールサイドにサンダルを忘れていった。僕が薄いブーツを履いて、これを履くと、ぴったりとして。足に吸い付くようだ。これを拝借することにした。帰りの船で返せばいいだろう。
一番手前の、養殖場跡地プールの底には、外に向け出られる隙間がある。1956年には、そんな穴は無かったように思う。記憶に無い。とにかくこの下をくぐり抜けて、外に出よう。回り込んだ位置は、中のプールの潮下の、安全ロープの10mほど下になっているので、遡らなければならない。
とにかく行ってみよう。山本さんがするりとくぐり抜けた。僕が抜けようとしたとき、引き波の水の動きで押し戻されて、背中がひっかかり、2mほどの距離なのだがその中に閉じ込められるような感じで、すこし焦った。この壁の下の天井にイセエビがいるとかで、撮影しようと思っていたのだがその余裕は無かった。山本さんが「どうですか?」と聞いてきた。僕は、自分が引っかかって押し戻されそうになった感じから、「田端さんがムリだろうと思う。」と止めさせるように頼んだ。田端さんは最高齢の女性で、少し血圧が高く、降圧剤でコントロールしている。
山本さんが戻って、少し間をおいて、次々とくぐり抜けてくる。そのうちに、田端さんまでが引張りだされるようにして抜けてきた。ここから、回りこんで、流れを遡るのが心配だが、みんなでまとまっていけば、ちょっとした冒険だけど、いいだろう。山本さんが細いタイヤチューブを持っていて、これにつかまらせれば、大丈夫という顔をしている。いっしょについてくれているスタッフの南さん(名前を確認していない)が一緒に泳いでくれるので、GO サインを出して、泳ぎだし、中のプールへ回り込んだ。波がかなりあるので、ショートカットはできない。先端を回りこむ。回りこむとかなりの流れで、昨日よりもずっと速い。1~1.5ノットぐらいある。一生懸命泳いで、遡れる程度で、ガイドロープにたどり着いて、ガイドロープにつかまって休んだ。
水路(プールの真ん中)を強行して遡ろうと泳ぎ始めたら、バディの玉田がフィンの先をちょっと、後ろから引っ張って、縁を泳ぐように指さす。流れは、水路の中心で速く、縁であ遅い。当たり前のことだが、彼女に指示されている。みんな次第に上手になって行く。左の縁流れが止まっているところがあり、岩の上に立つこともできる。ここで、一息入れて、田端さんが来るのを待つ。チューブにつかまって、引っ張られて、ようやく遡ってきた。
その時、バディの確認をするべきだったのだが、僕も自分のことが精一杯で、やらなかった。一応揃ったとみたので、水路の中を遡って、昨日のタイドプール水路、潮上のセフティロープに接近して、撮影したり、クマノミを撮ったりする。バディはついてきている。が、全体を見ては居ないし、流れがあるので見られない。岩の上に上がる、上り口まで戻ると、田端さんが、アシスタントに助けられて、登ろうとしている。フィンを外そうとして転げて、フィンをはずしてもらっている。フィンをはずしても、ここからよじ登らなければいけない。心臓に負担がかかる。アシスタントは岸まで連れてくれば役割が終わったと思うだろうが、ここからが大変であり、危なくもあるのだ。ここで、人数チェックをした。Aさんが、Fさんが居ないという。
彼女はかなり神経質に怖がっていて、それが良い方に働いている。目配りをしてくれている。たしかにFさんがいない。しばらく騒いでいると、上に上がっていることがわかった。ダッシュが得意で無いので、さかのぼりきれないで、きれないで、ガイドロープの辺りで上がったのだろう。おそらく、きつくてパニックになったのだろう。毎度の浦安の練習で、80mのダッシュをやってもらっている意味がここにある。
問題はバディがその場に居なかったこと、上がるのを確認していなかったことだ。バディのKさんは、泳力は抜群で、フリッパーレースの100mに出ている。親子のスノーケリング講習をてつだってもらって、バディシステムの手伝いをしてもらっている。バディシステムの重要さを書いたスキンダイビング・セーフティも買ってもらっている。僕の反省としてはバディシステムの組み合わせを熟慮しなかったことで、集まったその場で適当にきめていたことだ。
僕は、この日は一回のダイビングで終了かとおもっていた。高齢になり、やはり、考えが後退的になっている。若いゲストの寺内マトンや、小山君は、僕のアシスタント、レスキュー要員のつもりだったのだが、今回はケンボーダイビングのアシスタントにまかせきりで、楽しんでいる。良いことではある。楽しければそれで良いのだ。
水路プールの上手のレスキューラインの外側に飛び込み台のような岩があり、山本さんの息子などと一緒に飛び込んで遊んでいる。水から上がって岩をよじ登ってまた、飛び込む。若いのだ。
浅い、膝の辺りの水深のタイドプールにエビがいるので腹ばいになってエビを見ている。これは、僕も付き合った。COOLPIXのマクロは、オリンパスに及ばないようだ。