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Channel: スガジロウのダイビング 「どこまでも潜る 」
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0419 ピピン

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  「穏やかな日々が訪れた。天気がいい時はテストダイブを二三回行い、その帰りにはしばしばスピアフィッシングを楽しむ。
 オードリーは軽々と100m級のダイブをして、顔を輝かせて浮上してくる。全く楽にこなしたので、これならば、125mは大丈夫だと言ってやる。「耳抜きができないわ」とオードリー「その深さじゃあ無理なのよ。」
 確かに深いところでの耳抜きは難しい。肺に残っている空気が少なくなれば、耳抜きに使える空気もそれだけ少なくなるからだ。その点わたしは決定的に有利だった。肺の容量が大きいということもあるが、それよりなにより、ウエット・イクアリゼーションという特別な耳抜きをするからだ。これは鼻腔に勢い良く水を通して圧を抜くもので、効果は抜群だった。もちろん決して気持ちいいものではない。というより、苦しい。頭はひどく痛むし、鼻から多少出血することもある。
 「鼻にホースを突っ込まれたみたい」最初にトライしたとき、オードリーはそんなことを言った。「頭のなかが塩水の洪水を受けたみたいよ」」


 
 何だ、この耳抜きは、ウエット・イクアリゼーションなんてあるのか。だれか、日本のフリーダイバーでできる人が居るのだろうか。調べてみよう。

 それからしばらク、ピピンたちは海のドキュメンタリー映画に次々と出演する。そして、「オーシャンメン、海へもっと深く」というアイマックスのグランブルーのドキュメンタリー版の撮影が決まる。ウンベルトとの共演になる。いろいろな経緯があり、ウンベルトはコンスタントで、ピピンはノーリミッツで別々の場所でおたがい世界記録に挑戦することになる。ウンベルトとピピンの仲は決定的に悪くなっている。まず、ウンベルトは、80mという記録を出す。そしてなぜか、ピピンのやるはずのノーリミッツもやってしまって、150mの記録をだしてしまう。そしてAIDAはこの記録を世界記録として承認する。
 ピピンはこれを上回らなければならない。
 2000年、1月16日、164mの記録に挑戦する。天気は最低、風邪も強く波も高く、ボートをアンカーで固定するのも無理だった。カウントダウンを始めるころには潮流も激しくなる。セフテイダイバーは延期しようというが、カメラマンはカメラを回してしまっている。強行してしまう。164mに手が届いたので、スレッドを切り離そうとするが、指が動かずに、12秒もかかってしまう。そして 浮上するが水面まで3mのところで、ブラックアウトしてしまう。
 「何人かに助けられて、私の身体が上げられた。誰もがパニックになり、セフテイダイバーがマウスツーマウスの人工呼吸をしようとする。ブラックアウトに陥ったら、決して無理やり意識を目覚めさせようとしてはいけない。失神するのは生体に備わった防衛反応出会って、目覚める用意ができて時には、自然に目覚める。無理矢理に空気を流し込んだり、胸をたたいたりすると身体に取り返しの着かないダメージを与える可能性がある。この時に適切に振るまったのはオードリーだった。「彼から離れなさい。」と怒鳴りつける。
 私は40秒間意識を失っていた。」
 ブラックアウトすれば、記録は認められない。二日後に、再挑戦して、162mに成功する。しかし、AIDAは、これを公式記録として認めなかった。AIDAのルールではなく、AIDAの審判が立ち会っていなかったからである。カメラもまわっているし、見物人もいたが。
 2000年5月、オードリーは125mのノーリミッツに挑戦し成功する。

 つぎにピピンはタンデムの国際フェスティバルを企画する。女性二人、男性二人の記録挑戦で、それぞれのパートナーはAIDAのダイバーだった。女性チームは110mに成功するが、そして、男性のタンデムでピピンは118mで、ピンが抜けずに20秒を無駄にして、ブラックアウトしてしまう。今度はまるまる1分気を失っていた、心肺蘇生を受ける。親しい医師の診察を受けるが医師はしばらくはフリーダイビングは続けられないと診断する。
 オードリーはAIDAとのトラブルはないと、今度は、AIDAの審判が立ち会って、130mの記録を作る。しかしそれも、2002年の夏、ターニャ・ストリーターが160mの記録を達成してしまう。そしてオードリーは161mに挑戦する。

 2002年9月、万全のサポート体制で、チャレンジが行われた。
 「私はリリースコードをひっぱった。そして、錘とともにオードリーは海の中に消えた。
彼女は今群青の海の深みへと向かっている。わたしも同じコースを何度も潜っているから、オードリーがたった今どんな状態にあるかを正確に感じ取ることができる。ウエットスーツが身体にはりつき、耳は耐え難い痛みを感じているだろう?錘にぐいぐい引っ張られて目標地点に向かっていくあの感触、全身にくまなくのしかかる一平方センチあたり18.6キログラムの水圧。肺はオレンジの大きさほどに縮まり、心拍数は1分間にわずか20回にまでさがるのだ。
 この時彼女は自問自答を繰り返している。窒素酔いを防ぐためだ。うちの電話番号は?フランスの首都は?私は何歳?上で待っているのはだれ?
 その時ざぶんという音をたててロープが跳ね上がった。ストップウオッチを見る。1分42秒、予定よりも14秒も早く目標深度に到達したのだ。練習時のどのダイブよりも良いタイムが出た。
 カルロスが叫ぶ。「2分経過」
マスクを通して水中をのぞいてみた。オードリーの浮上を告げる空気の泡が浮かんでくるはずだった。しかし、見えるのは、光にゆらめくインディゴ色の海だけだ。
一秒が数時間に感じられた。いったいオードリーはどうしたんだ。
3分がたった。まだオードリーの姿はない。
タンクをよこせ、とクルーに怒鳴った。すでに5分が経過していた。私は妻を探しに海の深みへとむかった。」
 そこから先は長くなる。もとの本を読むのが良い。
 リフトバックをふくらませるポニーボトルの空気が充分でなかったのだ。
 呼吸停止から7分以上、オードリーは生き返らなかった。

 新記録を目指すダイブでこんなケアレスミスが起こるなんて。

 起こるのだ。
 
続く

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