「幕が上がる。:平田オリザ 集英社文庫「文庫としては14年12月刊」新本で買った。4日ほどかけて読了。急いで読まなかったのだ。高齢になると涙もろくなるけれど、加えて自分の過ぎし日を思い浮かべる。保存の本になった。
筋立てとしては簡単だから、くわしくは書かない。高校演劇部で演出家を目指す女の子と、同級生の俳優たち、そして、演劇部の顧問の先生、下級生の話だ。まだ、本屋に並んでいる本だから、良かったら買って読んでもらいたい。僕がなぜ、保存の本にしたか?
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僕は高校時代演劇部にも所属していた。僕の高校時代はバスケット命だったけれど、掛け持ちでいいからと強引にスカウトされた。見た目だけの主役だったがどうにもならない大根だった。基本的な練習ができていないから、「あははは、」と笑うこともできないのだ。しかし、夏休みの暑い日々、グランドでのバスケットの練習と教室での演劇の稽古を同時進行の様に掛け持ちした。僕の高校、東京都立戸山高校は、まだ、その当時体育館がない。グランドのアウトコートで練習していた。照りつけられて、汗だくになって、ユニホームのまま、教室にはいり稽古を始めようとすると、相手役の女の子が、「汗ぐらい拭いて、何かを着てくれない?そういうシーンじゃないのだから。」その人は一年上級で、やがて、北海道で大学の先生になり、4人の子供を育てた。いま、どうしているだろうか。
とにかく、そんな日々の中で、
その演劇部の同級生に平田靖(オサムと読んだ)という奴がいた。彼は演出家志望で、メフィストフェレスを気取っていた。彼が平田オリザの叔父さんになる。もちろん、まだ平田オリザは生まれていない。
その平田靖が、猫いらずを飲んで自殺した。胃を洗浄されて、生死の境をさまよって、この世に戻ってきた。僕は当時お金持ちの息子で、別荘に平田を招待したりしたので、親友であり、演劇部顧問の米田先生に呼ばれて病室に行った。そしたら、演劇部の女優、伊藤牧子が来ていた。彼女は、僕のお母さん役だ。まあ、美人と言えば言えないこともないけれど、演技で売る人だ。米田顧問は、何を血迷ったのか牧子が平田の恋人だと勘違いして、病室に呼んだのだった。全くそういうことは無いと僕は知っていたが、何しろ女優だから、役を演じている。
伊藤牧子は、早稲田に入った。そこで、天下の二枚目である加藤剛と知り合い、結婚してしまう。加藤剛はいい人、偉い人で、終生、牧子の尻に敷かれて幸せだった。男はみんな見習わなければならない。その伊藤牧子と加藤剛の親友に、椎名勝己がいた。彼は後に、初代のPADI潜水指導協会【PADIジャパンとはちがう】の事務局長になり、東京ダイバーズというダイビングショップを経営し、今、赤沢で、バリヤフリーダイビングで有名になっているが、僕と知り合った頃は、まだ映画俳優で、色悪が役どころで活躍していた。やがて、スキーで骨折して、バリヤフリーになる。
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あのころの館石さん。クエを持っているのは田中次郎、今は伊戸にいる。
さて、因果は回る。大学を卒業して東亜潜水機に入った僕は、舘石昭とバディで潜っていた。知らない人は居ないと思うけれど、館石さんは水中造形センターの創業者で、高名な写真家になる。しかし、まだ、僕も館石さんも青年として荒野をめざしていた。館石さんは突然ポルノを撮影することになった。まだ、仕事のない時分で、インチキプロダクションに水中ポルノを持ちかけられたのだ。当時の僕たちはダボハゼだから、どんな餌にも飛びつく。
その年は、巳年だったので、水中で裸の女優さんと大蛇がからみ合って妊娠する話だ。陸上では本物の大蛇と絡む。からみ合って大蛇は食欲が亡くなり、危なかったというが生き延びた。
さて、水中だが、僕はウエットスーツの生地を貼りあわせ、ペンキを塗って大蛇を作った。これをテグスで女優さんに結びつけて、水中でのたうちまわらせるというわけだ。その撮影を、伊豆大島のトウシキでやった。残念だったけど、僕は東亜が忙しく、撮影には参加できなかった。そして、そのフイルムの編集は、やはり戸山高校の同級生で、日本テレビに入社していた伊藤Bがやった。その縁で、つい最近まで彼が池袋のマリンダイビングフェスティバルの舞台演出をしていた。その録音のために、スタジオに行くと、録音技師として、平田靖がいた。館石ポルノは僕の同窓会となった。ポルノは、編集の結果、映倫からはねられ、ズタズタになって公開された。
二本立て公開で、僕も見に行った。二本立てのもう一本は、終戦で満州から引き上げてくる邦人女性が、強姦されまくるというすさまじい社会派ポルノだった。こんな二本立てが当たるはずもないと僕は思った。案の定、ギャラが全部はもらえず、僕の作って大蛇は無料奉仕となった。
それ以来、平田とは会っていない。生きているだろうか?ネットで調べても名前はでてこないが、平田オリザの劇団の世話になっているかもしれない。
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「幕が上がる」は、あの暑い日の稽古と、そして、大根役者の僕が生涯ただ一度の舞台と僕の中で重なる。もちろん時代も違うし、なにもかも違うが、空気だけは共通だ。平田オリザは、劇作家だが、これはあえて小説だ。、映画化されるというが、僕は小説のイメージが壊れるといやだから、見に行かない。
筋立てとしては簡単だから、くわしくは書かない。高校演劇部で演出家を目指す女の子と、同級生の俳優たち、そして、演劇部の顧問の先生、下級生の話だ。まだ、本屋に並んでいる本だから、良かったら買って読んでもらいたい。僕がなぜ、保存の本にしたか?


僕は高校時代演劇部にも所属していた。僕の高校時代はバスケット命だったけれど、掛け持ちでいいからと強引にスカウトされた。見た目だけの主役だったがどうにもならない大根だった。基本的な練習ができていないから、「あははは、」と笑うこともできないのだ。しかし、夏休みの暑い日々、グランドでのバスケットの練習と教室での演劇の稽古を同時進行の様に掛け持ちした。僕の高校、東京都立戸山高校は、まだ、その当時体育館がない。グランドのアウトコートで練習していた。照りつけられて、汗だくになって、ユニホームのまま、教室にはいり稽古を始めようとすると、相手役の女の子が、「汗ぐらい拭いて、何かを着てくれない?そういうシーンじゃないのだから。」その人は一年上級で、やがて、北海道で大学の先生になり、4人の子供を育てた。いま、どうしているだろうか。
とにかく、そんな日々の中で、
その演劇部の同級生に平田靖(オサムと読んだ)という奴がいた。彼は演出家志望で、メフィストフェレスを気取っていた。彼が平田オリザの叔父さんになる。もちろん、まだ平田オリザは生まれていない。
その平田靖が、猫いらずを飲んで自殺した。胃を洗浄されて、生死の境をさまよって、この世に戻ってきた。僕は当時お金持ちの息子で、別荘に平田を招待したりしたので、親友であり、演劇部顧問の米田先生に呼ばれて病室に行った。そしたら、演劇部の女優、伊藤牧子が来ていた。彼女は、僕のお母さん役だ。まあ、美人と言えば言えないこともないけれど、演技で売る人だ。米田顧問は、何を血迷ったのか牧子が平田の恋人だと勘違いして、病室に呼んだのだった。全くそういうことは無いと僕は知っていたが、何しろ女優だから、役を演じている。
伊藤牧子は、早稲田に入った。そこで、天下の二枚目である加藤剛と知り合い、結婚してしまう。加藤剛はいい人、偉い人で、終生、牧子の尻に敷かれて幸せだった。男はみんな見習わなければならない。その伊藤牧子と加藤剛の親友に、椎名勝己がいた。彼は後に、初代のPADI潜水指導協会【PADIジャパンとはちがう】の事務局長になり、東京ダイバーズというダイビングショップを経営し、今、赤沢で、バリヤフリーダイビングで有名になっているが、僕と知り合った頃は、まだ映画俳優で、色悪が役どころで活躍していた。やがて、スキーで骨折して、バリヤフリーになる。

あのころの館石さん。クエを持っているのは田中次郎、今は伊戸にいる。
さて、因果は回る。大学を卒業して東亜潜水機に入った僕は、舘石昭とバディで潜っていた。知らない人は居ないと思うけれど、館石さんは水中造形センターの創業者で、高名な写真家になる。しかし、まだ、僕も館石さんも青年として荒野をめざしていた。館石さんは突然ポルノを撮影することになった。まだ、仕事のない時分で、インチキプロダクションに水中ポルノを持ちかけられたのだ。当時の僕たちはダボハゼだから、どんな餌にも飛びつく。
その年は、巳年だったので、水中で裸の女優さんと大蛇がからみ合って妊娠する話だ。陸上では本物の大蛇と絡む。からみ合って大蛇は食欲が亡くなり、危なかったというが生き延びた。
さて、水中だが、僕はウエットスーツの生地を貼りあわせ、ペンキを塗って大蛇を作った。これをテグスで女優さんに結びつけて、水中でのたうちまわらせるというわけだ。その撮影を、伊豆大島のトウシキでやった。残念だったけど、僕は東亜が忙しく、撮影には参加できなかった。そして、そのフイルムの編集は、やはり戸山高校の同級生で、日本テレビに入社していた伊藤Bがやった。その縁で、つい最近まで彼が池袋のマリンダイビングフェスティバルの舞台演出をしていた。その録音のために、スタジオに行くと、録音技師として、平田靖がいた。館石ポルノは僕の同窓会となった。ポルノは、編集の結果、映倫からはねられ、ズタズタになって公開された。
二本立て公開で、僕も見に行った。二本立てのもう一本は、終戦で満州から引き上げてくる邦人女性が、強姦されまくるというすさまじい社会派ポルノだった。こんな二本立てが当たるはずもないと僕は思った。案の定、ギャラが全部はもらえず、僕の作って大蛇は無料奉仕となった。
それ以来、平田とは会っていない。生きているだろうか?ネットで調べても名前はでてこないが、平田オリザの劇団の世話になっているかもしれない。

「幕が上がる」は、あの暑い日の稽古と、そして、大根役者の僕が生涯ただ一度の舞台と僕の中で重なる。もちろん時代も違うし、なにもかも違うが、空気だけは共通だ。平田オリザは、劇作家だが、これはあえて小説だ。、映画化されるというが、僕は小説のイメージが壊れるといやだから、見に行かない。