正月終了
1日、映画 フユーリーを観た。ブラッド・ピット主演の戦争映画だ。なぜ、戦争映画なんて観るのだ。と自問したのは今回が初めてだ。これまで、なんにも考えずに、面白ければ映画は、何でもいいわけだから、戦争映画を観てきた。なぜ、戦争映画を観るのか、考えさせられた映画だ。今のアメリカがなぜ、第二次大戦末期、今少しでドイツは降伏する。そのことがわかっていて、しかし、降伏する前に沢山の人が死ぬ。そういう話だ。それをなぜ、今の2014年に作るのだろう。戦争に意味はない。人はただ争い、殺しあうということを言いたかったのか?フユーリーとは、ギリシャ神話の復習の女神で、凶暴とか、猛烈とかいう意味だという。
今、ちょうど「とびきり陽気なヨーロッパ史、デランス・ディックス・ちくま文庫」を読んでいる。国と国が国境を接するヨーロッパで、縄張り争いを続け、人がころしあいの戦争を繰り返す歴史を陽気に描いたものだ。ヨーロッパの戦争の歴史がわかる。戦争を個人の視点で見ると悲惨だが、国と国との視点で、歴史的に鳥瞰して見ると、陽気な話になってしまう。個人の視点で見たら、悲惨でやりきれない。そして、相手を殺さなかったら、相手に自分が殺される。殺さなければ殺されるのが戦闘だ、という映画だった。
二日は初詣に深川不動へ、このことは昨日書いた。
三日は、駅伝を見て、年賀状を整理した。二日の初詣のブログをかいた。
駅伝は、青山学院大学が初優勝、しかも、往路の箱根で優勝候補をねじ伏せ、その勢いで、復路は区間優勝を積み重ねて、二位との差を10分以上、もちろん、驚異的な新記録で優勝した。あまり今年の駅伝には熱心ではなかったので、詳しくは知らないが、青学が優勝するなんて予想をしたスポーツ評論家は居なかっただろう。
およそ、競技スポーツで勝つためには、あるレベル以上の素質の選手を集めなければならない。だから、それは集めたのだろう。あとは、トレーニング+ピーキング+モメンタム+何か だと、フェイスブックに書いた。ピーキングとは、その時にベストのピークにもってくること、モメンタムは勢いだ。箱根の山登りで驚異的な記録で優勝候補の抜き去ったとき勢いに乗った。トレーニング+ピーキング+モメンタムは、すべて監督、コーチがつくり上げる。ダイビングの学連でも同様に監督、コーチは大事だ。青学の場合、最後の何か?は、楽しくやろうとしたことのようだ。楽しくなければ頑張れない。これまでの体育会系の駅伝は悲壮だった。楽しくしてしまったことが、もしも、優勝の原動力だったとすれば、これは革命的なことなのではないだろうか?
僕自身の大学でのコーチングは、楽しくが、目標だったけれど、楽しく、真剣に、愚直に、だった。自分の会社スガ・マリンメカニックでも、楽しく仕事をしよう、だった。あんまり成功しなかったが、苦しんでやっても同じように成功しなかっただろう。ならば、楽しかっただけ良い。ただ、気の緩みは、ダイビングでは事故につながる。スガ・マリンメカニックでは、厳しい、きちんとやろうとした田沼の指揮で死亡事故が起こり、いい加減な僕の指揮では無事故だった。もちろん、いい加減だったから無事故だったわけではないが、結果は、厳しくでも事故はおこるということになった。「須賀さんが緩かったから、気持ちが緩んだ」という意見もあろう。結果がすべてで、議論は意味が無い。青学の優勝の原動力が、楽しさだったとすれば、それは、本当に大変なことだ。
4日は、辰巳で、楽しく泳ぎ、沢山、上手な人たちが集まったので、フリスビーも最高だった。ここでは、楽しく自由に飛ぶ、フリスビーは空中戦のイメージだ。
5日、の今日は、辰巳のプールを借りる抽選会、じゃんけん大会だ。昔、今から3年まで、僕はじゃんけんで無敵だった。それが、ある時から、負けが続いている。今回も必要十分なだけは、確保したが、じゃんけんでは負けた。最後に一回だけ勝ったのがなんとかなるところにつながったのだが、最初のステージでは負けている。じゃんけんの勝利の要素は、モメンタム(勢い)だと思う。いかにして、勢いをつけるかだ。若い、勢いのある人には敵わない。しかし、負け犬になってはいけない。
ちなみにじゃんけんの結果だが、4月は、ダイビングプールは、5つ確保した。4月18日の土曜日について、じゃんけんに勝ッて取ったので、19日の日曜日、は連続二日になるので、降りてしまった。これがいけない。勝った勢いで、翌日の日曜日も取らないとモメンタムが逃げてしまう。深く反省している。
1日、映画 フユーリーを観た。ブラッド・ピット主演の戦争映画だ。なぜ、戦争映画なんて観るのだ。と自問したのは今回が初めてだ。これまで、なんにも考えずに、面白ければ映画は、何でもいいわけだから、戦争映画を観てきた。なぜ、戦争映画を観るのか、考えさせられた映画だ。今のアメリカがなぜ、第二次大戦末期、今少しでドイツは降伏する。そのことがわかっていて、しかし、降伏する前に沢山の人が死ぬ。そういう話だ。それをなぜ、今の2014年に作るのだろう。戦争に意味はない。人はただ争い、殺しあうということを言いたかったのか?フユーリーとは、ギリシャ神話の復習の女神で、凶暴とか、猛烈とかいう意味だという。
今、ちょうど「とびきり陽気なヨーロッパ史、デランス・ディックス・ちくま文庫」を読んでいる。国と国が国境を接するヨーロッパで、縄張り争いを続け、人がころしあいの戦争を繰り返す歴史を陽気に描いたものだ。ヨーロッパの戦争の歴史がわかる。戦争を個人の視点で見ると悲惨だが、国と国との視点で、歴史的に鳥瞰して見ると、陽気な話になってしまう。個人の視点で見たら、悲惨でやりきれない。そして、相手を殺さなかったら、相手に自分が殺される。殺さなければ殺されるのが戦闘だ、という映画だった。
二日は初詣に深川不動へ、このことは昨日書いた。
三日は、駅伝を見て、年賀状を整理した。二日の初詣のブログをかいた。
駅伝は、青山学院大学が初優勝、しかも、往路の箱根で優勝候補をねじ伏せ、その勢いで、復路は区間優勝を積み重ねて、二位との差を10分以上、もちろん、驚異的な新記録で優勝した。あまり今年の駅伝には熱心ではなかったので、詳しくは知らないが、青学が優勝するなんて予想をしたスポーツ評論家は居なかっただろう。
およそ、競技スポーツで勝つためには、あるレベル以上の素質の選手を集めなければならない。だから、それは集めたのだろう。あとは、トレーニング+ピーキング+モメンタム+何か だと、フェイスブックに書いた。ピーキングとは、その時にベストのピークにもってくること、モメンタムは勢いだ。箱根の山登りで驚異的な記録で優勝候補の抜き去ったとき勢いに乗った。トレーニング+ピーキング+モメンタムは、すべて監督、コーチがつくり上げる。ダイビングの学連でも同様に監督、コーチは大事だ。青学の場合、最後の何か?は、楽しくやろうとしたことのようだ。楽しくなければ頑張れない。これまでの体育会系の駅伝は悲壮だった。楽しくしてしまったことが、もしも、優勝の原動力だったとすれば、これは革命的なことなのではないだろうか?
僕自身の大学でのコーチングは、楽しくが、目標だったけれど、楽しく、真剣に、愚直に、だった。自分の会社スガ・マリンメカニックでも、楽しく仕事をしよう、だった。あんまり成功しなかったが、苦しんでやっても同じように成功しなかっただろう。ならば、楽しかっただけ良い。ただ、気の緩みは、ダイビングでは事故につながる。スガ・マリンメカニックでは、厳しい、きちんとやろうとした田沼の指揮で死亡事故が起こり、いい加減な僕の指揮では無事故だった。もちろん、いい加減だったから無事故だったわけではないが、結果は、厳しくでも事故はおこるということになった。「須賀さんが緩かったから、気持ちが緩んだ」という意見もあろう。結果がすべてで、議論は意味が無い。青学の優勝の原動力が、楽しさだったとすれば、それは、本当に大変なことだ。
4日は、辰巳で、楽しく泳ぎ、沢山、上手な人たちが集まったので、フリスビーも最高だった。ここでは、楽しく自由に飛ぶ、フリスビーは空中戦のイメージだ。
5日、の今日は、辰巳のプールを借りる抽選会、じゃんけん大会だ。昔、今から3年まで、僕はじゃんけんで無敵だった。それが、ある時から、負けが続いている。今回も必要十分なだけは、確保したが、じゃんけんでは負けた。最後に一回だけ勝ったのがなんとかなるところにつながったのだが、最初のステージでは負けている。じゃんけんの勝利の要素は、モメンタム(勢い)だと思う。いかにして、勢いをつけるかだ。若い、勢いのある人には敵わない。しかし、負け犬になってはいけない。
ちなみにじゃんけんの結果だが、4月は、ダイビングプールは、5つ確保した。4月18日の土曜日について、じゃんけんに勝ッて取ったので、19日の日曜日、は連続二日になるので、降りてしまった。これがいけない。勝った勢いで、翌日の日曜日も取らないとモメンタムが逃げてしまう。深く反省している。