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Channel: スガジロウのダイビング 「どこまでも潜る 」
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1126 全日本スポーツダイビング室内選手権大会

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2014年の全日本スポーツダイビング室内選手権大会では、自分の79歳と言う年齢もあって、幾つか自分の心の中でのドラマがあった。そのまとめは、次にゆずるとして、 大会では毎年、大スクリーンに投影する画像の水中撮影を請け負っている。撮影全体は、過去に僕の下請けだった、親友の河内さんが受けている。水中撮影のカメラは、名器ともいえるソニーのVX1000で、これを20年近く使っているということは、この大会のはじめから、このカメラで撮影していることになる。このカメラについては以前のブログで紹介している。投影する巨大スクリーンはスタンダードからハイビジョンに変わったが、コンバーターを挟むことによって、美しい映像を映し出すことができる。タダ。このカメラ、そろそろバッテリーの予備を手に入れることができにくくなる。
 このカメラの水中操作については、毎年、東京海洋大学潜水部の後輩学生にお願いしている。

 動画撮影の要領はまずフィックスである。フィックスと言っても相手が驀進するダイバーであるから、そのダイバーの動きにフィックスでする。縦に振ってもいけないし、横に振ってもいけない。とにかく対象の動きにフィックスしてカメラをうごかす。もちろん、ズームするなどは論外で、いつもワイドで撮る。自分のファインダーのどの辺が、プールの大スクリーンに投影されるどの位置になるかの把握も必要になる。これらの技術は、すべての水中動画撮影の基本になることだから、彼等はその基本の実習ができることになる。
 この数年、潜水部とのこの撮影についてのかかわりが定着していて、二年生(すぐに三年になる)2名と一年生2名の4名編成になっている。今年の一年が来年の二年で来てくれるから、半数は経験者だから、スムースに動いている。
 僕としては、毎年2名ずつの後輩と新しく知り合い、2年にわたって親しくできる、とてもうれしい機会でもある。
 ところで、すでに半ば健忘症の僕としては、去年の一年生の名前も顔も、わすれてしまう。まあ、顔はおぼろげながら記憶しているが名前となると、ほとんど記憶から消えている。
 記憶を消さないために、また、来年思い起こすために、写真も撮り、印象を記録しておくことにした。彼らに送る言葉でもある。
 写真を見ると、それぞれ個性的で、好感が持てる。海洋大学に限らず、他の大学でも、潜水をやる子はどれも好感がもてる。今度の学連の委員長になるという、獨協大学の浅本君も、今度お台場に来てくれる、ああ、もう名前を忘れた君でも、早稲田水中クラブで仲良くなり、卒業してJAMSTECに就職する小林君もあの子もこの子も、名前を揚げたら際限もないが、みんな好きだ。だから学連をもっとよくしたい。消滅しないようにしたいとシンポジウムでとりあげている。

 二年生 江原君、前日の準備から手伝ってもらうので、接した時間もいちばんながくなる。自然発生的なチーフである。去年と今年ではたくましさがぐんと増した。
 巣鴨高校の出身だというから秀才である。どうして東大に行かないのと聞くと、一年浪人するのが嫌だったから、そして海も好きだから、と、僕が戸山高校から水産大学に入った時と同じ状態を答えてくれる。就職するなら勉強して官僚になれ、と僕の反省点をのべると、研究者への道を選んで、東大の大学院を目指すという。これも僕が果たせなかった道だ。そして、海洋大学4年生の後は専攻科として、海鷹丸に乗って南極に行くという。そのあとが大学院だ。海洋大学があと2年、海鷹丸が1年、どこかの大学院で修士が2年、博士課程が4年、あと8年で、さらに外国で2年のポスドクをやるとすれば、あと10年かかって、研究者になる。良い研究者になるとおもう。40年、つきあったきた東大の海洋調査探検部では、君ぐらいの年頃に付き合った子が、今では軒並に教授になっている。
 南極に行くのだから、海鷹丸に乗る希望者は多いのだろう、と聞くと、60人定員のところ希望者は40人だという。女の子も多いのだろうと訊くと、20人、50%が女の子だという。時代は変わった。もちろん、船乗りになる子はほとんどいないだろうが、卒業航海4か月を船で過ごすことは社会に出て、使い物になる人格形成になるはずだ。そういう評判だとも聞いた。この航海、昔は漁船運用学、大型遠洋漁船で漁業をする船長を養成するコースだったが、今は、もちろん漁船に乗ってくれる人も居ないと困るけれど役人になる子も、学者になる子も、単にキャリアガールになる子も一緒の旅を南極までする。

 もう一人の2年生大崎君、話をする時間もほとんどなかったが、彼は、戸山高校から海洋大学、僕も戸山高校だ。もちろん60年前の先生はほとんど死に絶えているだろう。戸山をでた林 望が戸山高校のことを書いた、帰らぬ国遠い昔も、さらに、すでに、はるかな昔になってしまっている。もう少し君と話がしたかった。

 一年生 鈴木君、彼が来年のチーフになってくれるのだろうか、顔かたち、そして潜水も頼りになりそうだ。その時に話をしよう。

 一年生、瀬戸口君、なにかユニークで面白そうだ。みんなでラーメンをたべたら、彼だけが、しっかり、僕を引きとめるように、こちらを向いて「ごちそう様でした」と言った。他の子も、みんな頭を下げて、小さな声でいってくれた。きみと交わした言葉がただそれだけだったことが印象に残っている。「あ!」と思った。僕の学生時代、先輩に食事をごちそうになり、きっちりとお礼が言える子ではなかった。

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