北川智子著 ハーバード白熱日本史教室(2012新潮選書)
読み捨てない本の中に入りそうだ。ハーバードで、日本人のお姉ちゃんの先生が日本史を講義して絶賛されるサクセスストーリー、めちゃくちゃに頭が良くて、数学が専攻なのに日本史の先生になる。タフでなんでもできる。講義は準備を重ね、音楽、踊りを入れたエンタティーメントだ。サービス精神にあふれている。今の時代、教えるということ、そういうことなんだ、と知る。ハーバードの大学生活も垣間見られる。
北川先生の教えている日本史は、日本の大学、それも、僕の学んだ50年前の大学でいうところの専門科目ではなくて、一般教養科目なのだろう。履修する学生が歴史の専門研究者になるわけではない。ただ、「基本教養は歴史で日本史です。」ぐらいのことは言えるのだろう。僕などは、学生時代にギボンの「ローマ帝国死亡史」トルストイの「戦争と平和」を読んだくらいで、基本教養は歴史だとおもっているのだから。僕の専攻はダイビング、基本教養は歴史であると自称している。
ハーバードで日本史を教えるという事は日本を紹介し、理解してもらうという授業なのだ。
1年目20人だかのクラスが3年目は200人を超えてしまう。彼女自身、自己表現の能力と手段をフルに使って、果敢にチャレンジして行く。彼女の kyoto と言う講座ではPCを使っての映像クリップの製作という展開になる。映像を授業にフルに使って行くというスタイルは、今の授業として、効果が最も高い手法である。JAUSも映像を使ったプレゼンテーション、その前段階の撮影を活動の中心に置くという方向で進めている。
振り返って、僕の大学時代、もう遥かな国遠い昔だが、僕は、専門課程として潜水を学んだと思っている。その一端というか50%ぐらいは僕のニッポン潜水グラフィティで書いた。もう少し、潜水という教育を受けたという自覚で絞って行けば、別の形の本になっただろう。いずれにせよ、60年近く昔のできごとだ。それにしても、僕のグラフィティのおよそ半分は大学で宇野先生に教えられた記述である。そして、僕の場合にも教材は映像だった。ハーバードのような動画ではなくて、モノクロのスチルだったが、学校の増殖学科の暗室は僕が占拠していた。
そう、僕のニッポン潜水グラフィティも面白い本だと思う。
話をハーバードにもどして、映像、ここでは動画が中心だが、大学にスタジオがあり、撮影機材と専属のカメラマンがいる。北川先生は、このスタジオを借り切って、学生に自作自演のクリップを作らせる。グリーンのスクリーンの前で、自分たちのアクションを20シーン、30カット撮らせて、それを京都のスチルや図にはめ込んでゆく。映画+タイムトラベルをする。これを、WEBで発表させる。他にも、ラジオ番組製作、グループでの活動など、アクティブラーニングの手法を駆使する。
北川先生は、プレゼンテーションの達人だ。同じく白熱元祖のサンデル教授もプレゼンの達人で、この先生の本も読んだが、対話形式で授業を進めて行く。さらに北川先生はえんたーティメントの要素が強い。盆踊りまで踊らせてしまう。これは、もちろん歴史の授業だから、そして、一般教養としての歴史の授業だからこその手法であろうと思う。歴史は面白くなければだめなのだ。
ダイビングを教える、あるいはダイビングショップでの講習、ツアーなどにも横流しできる手法だとおもうし、すでに成功している人も多分たくさんいると思う。
JAUSの水中映像研究会も、意識しないで、それに近いものになっている。意識的にプログラムを組んで、ダイビングショップのインストラクターもこの研究会で学べれば良いというルートも考えられる。
映像の使い方、これまで、記念写真、メモ、調査の記録すなわち目標、自己表現 を挙げていたが、教育(授業)の手段というのも、前から言われていたことではあるが、効果が大きい。特にダイビングでは最右翼に持ってきても良いのではないかと思う。
動画は編集しなければ見られない。北川先生のコースでは、編集作業を授業手段にしている。研究はともかくとして、一般教養的な授業では、ハーバードでも彼女は最強だったのだろう。
僕が今、海洋大学の一般教養(1-2年次)の生物の教師だったら、お台場を実習フィールドにする。観察して、動画を撮り、編集する。
今、海岸工学でスピーカーになり、中心になりつつある清野聡子先生は、彼女が東大の学生の頃、動画を教えた。彼女はそれで何か賞を取ったはずだが、今、動画を使いこなしているだろうか。
研究、学習のためのツールとしての映像、それは動画になった。調査 研究程度につかう静止画は動画から起こせるのだ。北川先生は、動画を自分の姿、自分が説明する姿で表現して、集めた歴史のスチルと組み合わせている。それをネットで発表させる。多分、ハーバードでそういうことが好きな学生はみんな彼女の講座に集まったのでは。受講生は体育会系の子が多いという。そして彼女自身も女子アイスホッケーなどのフォロアーになっている。
人生、やり直せるものならば、水産大学(海洋大学)の生物の先生になって、潜水部の顧問、監督になる。ふと気が付いた、小浜の水産高校(今は名称変更)の先生になって、アマモの保護、育成を生徒たちにやらせている小坂先生は、それに近いのではないか。彼は潜水部の後輩で、僕が水産高校の先生になるよう、強力に薦めた。今はJAUSのかいいんでもある。教育に動画を使っているだろうか?
読み捨てない本の中に入りそうだ。ハーバードで、日本人のお姉ちゃんの先生が日本史を講義して絶賛されるサクセスストーリー、めちゃくちゃに頭が良くて、数学が専攻なのに日本史の先生になる。タフでなんでもできる。講義は準備を重ね、音楽、踊りを入れたエンタティーメントだ。サービス精神にあふれている。今の時代、教えるということ、そういうことなんだ、と知る。ハーバードの大学生活も垣間見られる。
北川先生の教えている日本史は、日本の大学、それも、僕の学んだ50年前の大学でいうところの専門科目ではなくて、一般教養科目なのだろう。履修する学生が歴史の専門研究者になるわけではない。ただ、「基本教養は歴史で日本史です。」ぐらいのことは言えるのだろう。僕などは、学生時代にギボンの「ローマ帝国死亡史」トルストイの「戦争と平和」を読んだくらいで、基本教養は歴史だとおもっているのだから。僕の専攻はダイビング、基本教養は歴史であると自称している。
ハーバードで日本史を教えるという事は日本を紹介し、理解してもらうという授業なのだ。
1年目20人だかのクラスが3年目は200人を超えてしまう。彼女自身、自己表現の能力と手段をフルに使って、果敢にチャレンジして行く。彼女の kyoto と言う講座ではPCを使っての映像クリップの製作という展開になる。映像を授業にフルに使って行くというスタイルは、今の授業として、効果が最も高い手法である。JAUSも映像を使ったプレゼンテーション、その前段階の撮影を活動の中心に置くという方向で進めている。
振り返って、僕の大学時代、もう遥かな国遠い昔だが、僕は、専門課程として潜水を学んだと思っている。その一端というか50%ぐらいは僕のニッポン潜水グラフィティで書いた。もう少し、潜水という教育を受けたという自覚で絞って行けば、別の形の本になっただろう。いずれにせよ、60年近く昔のできごとだ。それにしても、僕のグラフィティのおよそ半分は大学で宇野先生に教えられた記述である。そして、僕の場合にも教材は映像だった。ハーバードのような動画ではなくて、モノクロのスチルだったが、学校の増殖学科の暗室は僕が占拠していた。
そう、僕のニッポン潜水グラフィティも面白い本だと思う。
話をハーバードにもどして、映像、ここでは動画が中心だが、大学にスタジオがあり、撮影機材と専属のカメラマンがいる。北川先生は、このスタジオを借り切って、学生に自作自演のクリップを作らせる。グリーンのスクリーンの前で、自分たちのアクションを20シーン、30カット撮らせて、それを京都のスチルや図にはめ込んでゆく。映画+タイムトラベルをする。これを、WEBで発表させる。他にも、ラジオ番組製作、グループでの活動など、アクティブラーニングの手法を駆使する。
北川先生は、プレゼンテーションの達人だ。同じく白熱元祖のサンデル教授もプレゼンの達人で、この先生の本も読んだが、対話形式で授業を進めて行く。さらに北川先生はえんたーティメントの要素が強い。盆踊りまで踊らせてしまう。これは、もちろん歴史の授業だから、そして、一般教養としての歴史の授業だからこその手法であろうと思う。歴史は面白くなければだめなのだ。
ダイビングを教える、あるいはダイビングショップでの講習、ツアーなどにも横流しできる手法だとおもうし、すでに成功している人も多分たくさんいると思う。
JAUSの水中映像研究会も、意識しないで、それに近いものになっている。意識的にプログラムを組んで、ダイビングショップのインストラクターもこの研究会で学べれば良いというルートも考えられる。
映像の使い方、これまで、記念写真、メモ、調査の記録すなわち目標、自己表現 を挙げていたが、教育(授業)の手段というのも、前から言われていたことではあるが、効果が大きい。特にダイビングでは最右翼に持ってきても良いのではないかと思う。
動画は編集しなければ見られない。北川先生のコースでは、編集作業を授業手段にしている。研究はともかくとして、一般教養的な授業では、ハーバードでも彼女は最強だったのだろう。
僕が今、海洋大学の一般教養(1-2年次)の生物の教師だったら、お台場を実習フィールドにする。観察して、動画を撮り、編集する。
今、海岸工学でスピーカーになり、中心になりつつある清野聡子先生は、彼女が東大の学生の頃、動画を教えた。彼女はそれで何か賞を取ったはずだが、今、動画を使いこなしているだろうか。
研究、学習のためのツールとしての映像、それは動画になった。調査 研究程度につかう静止画は動画から起こせるのだ。北川先生は、動画を自分の姿、自分が説明する姿で表現して、集めた歴史のスチルと組み合わせている。それをネットで発表させる。多分、ハーバードでそういうことが好きな学生はみんな彼女の講座に集まったのでは。受講生は体育会系の子が多いという。そして彼女自身も女子アイスホッケーなどのフォロアーになっている。
人生、やり直せるものならば、水産大学(海洋大学)の生物の先生になって、潜水部の顧問、監督になる。ふと気が付いた、小浜の水産高校(今は名称変更)の先生になって、アマモの保護、育成を生徒たちにやらせている小坂先生は、それに近いのではないか。彼は潜水部の後輩で、僕が水産高校の先生になるよう、強力に薦めた。今はJAUSのかいいんでもある。教育に動画を使っているだろうか?