ロレックス時計の事を書こう。いや、時計について書こう。
事務所の引き出しを整理していて、引き出しの奥から出てきた。もちろん、忘れていたわけではないが、とにかく出てきた。オーバーホールしてから、20年経っているだろうか、もしかしたらもっとかもしれない。でも、時々、二年に一度くらい、思い出したように出してきて振ってやる。そして秒針の動くことを確認して、うでに着ける。数日着けて、また引き出しの奥にしまう。
ロレックス、ぼくはローレックスとロを延ばす呼び方がすきだけれど、時計屋さんは毎年とか、三年毎にオーバーホールをしろという。僕は、オーバーホールなどしたら、ローレックスに失礼だと思う。こんな伝説がある。ローレックスを着けたダイバーが海に沈んだ。数年して白骨化した遺体が引き揚げられた。腕のロレックスは、時を刻んでいた。ロレックスはメカニカルムーブメント、振り子の作用でゼンマイが巻かれる。ソーラーバッテリーの光が届かない海底でも波に揺られて動き続ける。多分この話は嘘だと思う。でも、僕のローレックスは、20年以上、時々思い出したように振ってやると、動き出して、数日後に引き出しに入れるときまで正確に動いてくれる。
僕のは、sea dwller 耐圧600m、海底居住のためのヘリウム抜きバルブがついている。海底居住が世界潮流だった時代だから、1970年代の時計だ。ヘリウム環境に深く入ると、密閉した時計の中に、ヘリウムが入り込む。そのまま減圧するとヘリウムが膨張して時計が破裂する。それを防ぐためのガス抜きバルブがついている。もちろん、僕は海底居住のアクアノートではないから、ガス抜き弁など必要ではない。でも、そういう時計だ。
日本の本物のアクアノートである山田君が紹介してくれて日本のシチズンがつくったアクアノート用の時計をモニターとしてもらった。これは、スガ・マリンメカニックの米田が、ちょっと貸してくださいと言って持って行ったまま返さない。催促すると、これは須賀さんには似合わない。ロレックスがあるじゃないですか。とそのままになってしまった。
ところが、その耐圧600mのロレックスが、プールで泳いでいて水漏れした。水漏れと言っても水没ではない。ガラスの内側に水泡が蒸着する。水がほんの少し入ったのだ。
ニッポン潜水グラフィティに書いた、ロレックス時計がスポンサーの海洋博、そして、その後のロレックスカップ、海洋フリッパーレースのお世話をしてくれた広報部長の市川さん(現、脇坂夫人:脇坂さんは、日本潜水会の古い友人で、先日の出版記念会にもきてくれた。)のところに持って行った。ロレックスの修理は、日本人にはやらせない。スイスから職人が来ているのだとかで、カシオ、二個分の修理代がかかった。なお、彼女がローレックスと呼ぶものだから、そのほうが言葉の響きがいいなとおもっている。
それ以来、水に漬けるのはカシオにして、今はダイコン、ロレックスは引き出しの奥にいれておくことにしている。もちろん、海になど持って行ったらすぐになくなる。
息子に形見でやろうと密かにおもっているのだが、この前会ったら金のロレックスをしていた。何となく、形見だと持ち出しにくくなった。もう一人の息子、潮美の亭主は、かなり有名な時計のコレクターで、月刊ダイバーにも、そのほかの男性雑誌にも時計の事を書きまくっている。ロレックスもざるに入れるほどもっていることだろう。しかし、先日の出版記念会にもきてくれて、そっと腕をまくって時計をみせてくれた。「着けてきました」はるか昔、日本ではじめての水中時計のころのセイコーを娘が持って行ったような記憶がある。彼のところに流れ着いたのだ。
東大教授の小久保君は、密かに狙っている。しかし、彼はこの前大瀬崎で、僕があげた精密水深計付きのシチズンを失くしてしまった。だから、ロレックスを下さいとは言いにくいだろう。
事務所の引き出しを整理していて、引き出しの奥から出てきた。もちろん、忘れていたわけではないが、とにかく出てきた。オーバーホールしてから、20年経っているだろうか、もしかしたらもっとかもしれない。でも、時々、二年に一度くらい、思い出したように出してきて振ってやる。そして秒針の動くことを確認して、うでに着ける。数日着けて、また引き出しの奥にしまう。
ロレックス、ぼくはローレックスとロを延ばす呼び方がすきだけれど、時計屋さんは毎年とか、三年毎にオーバーホールをしろという。僕は、オーバーホールなどしたら、ローレックスに失礼だと思う。こんな伝説がある。ローレックスを着けたダイバーが海に沈んだ。数年して白骨化した遺体が引き揚げられた。腕のロレックスは、時を刻んでいた。ロレックスはメカニカルムーブメント、振り子の作用でゼンマイが巻かれる。ソーラーバッテリーの光が届かない海底でも波に揺られて動き続ける。多分この話は嘘だと思う。でも、僕のローレックスは、20年以上、時々思い出したように振ってやると、動き出して、数日後に引き出しに入れるときまで正確に動いてくれる。
僕のは、sea dwller 耐圧600m、海底居住のためのヘリウム抜きバルブがついている。海底居住が世界潮流だった時代だから、1970年代の時計だ。ヘリウム環境に深く入ると、密閉した時計の中に、ヘリウムが入り込む。そのまま減圧するとヘリウムが膨張して時計が破裂する。それを防ぐためのガス抜きバルブがついている。もちろん、僕は海底居住のアクアノートではないから、ガス抜き弁など必要ではない。でも、そういう時計だ。
日本の本物のアクアノートである山田君が紹介してくれて日本のシチズンがつくったアクアノート用の時計をモニターとしてもらった。これは、スガ・マリンメカニックの米田が、ちょっと貸してくださいと言って持って行ったまま返さない。催促すると、これは須賀さんには似合わない。ロレックスがあるじゃないですか。とそのままになってしまった。
ところが、その耐圧600mのロレックスが、プールで泳いでいて水漏れした。水漏れと言っても水没ではない。ガラスの内側に水泡が蒸着する。水がほんの少し入ったのだ。
ニッポン潜水グラフィティに書いた、ロレックス時計がスポンサーの海洋博、そして、その後のロレックスカップ、海洋フリッパーレースのお世話をしてくれた広報部長の市川さん(現、脇坂夫人:脇坂さんは、日本潜水会の古い友人で、先日の出版記念会にもきてくれた。)のところに持って行った。ロレックスの修理は、日本人にはやらせない。スイスから職人が来ているのだとかで、カシオ、二個分の修理代がかかった。なお、彼女がローレックスと呼ぶものだから、そのほうが言葉の響きがいいなとおもっている。
それ以来、水に漬けるのはカシオにして、今はダイコン、ロレックスは引き出しの奥にいれておくことにしている。もちろん、海になど持って行ったらすぐになくなる。
息子に形見でやろうと密かにおもっているのだが、この前会ったら金のロレックスをしていた。何となく、形見だと持ち出しにくくなった。もう一人の息子、潮美の亭主は、かなり有名な時計のコレクターで、月刊ダイバーにも、そのほかの男性雑誌にも時計の事を書きまくっている。ロレックスもざるに入れるほどもっていることだろう。しかし、先日の出版記念会にもきてくれて、そっと腕をまくって時計をみせてくれた。「着けてきました」はるか昔、日本ではじめての水中時計のころのセイコーを娘が持って行ったような記憶がある。彼のところに流れ着いたのだ。
東大教授の小久保君は、密かに狙っている。しかし、彼はこの前大瀬崎で、僕があげた精密水深計付きのシチズンを失くしてしまった。だから、ロレックスを下さいとは言いにくいだろう。