今日、1900から僕の「ニッポン潜水グラフィティ」の出版記念会がある。一緒に旅をした久保君が発起人の中心になってくれている。中尾先生が総合司会をしてくれる。あいさつで頭が痛い。7月に本が出てから、二か月、たっての記念会だけれど、たくさんの友達、関係者が集まってくれる。
記念会のことはまたの機会にして、地中海をまとめなくては、
肝心のダイビングについてだが、中尾先生の採集もそれなりの成果はあげたとおもうし、別にトラブルも無かった。でも、イスキアの洞窟の潜水は、思うようにできなかった。ダイビングのスタイルのちがい、しゃべれないことによる意思の疎通があった。
日本人のレクリエーショナルダイバーが外国に行くとき、やはり受ける方に日本人のガイドがいないと、あるいは語学に堪能なインストラクターが同行していないと、もちろん、ダイバー本人もよくしゃべれる人が最近では多いので、それならばいいが、十分な打ち合わせができずにヒヤリとすることが多いと思う。僕の場合はヒヤリの前段階だと思うが、同じことが、あまり経験のないダイバーだったら、ひやりとしたと思う。
帰路
ナポリでは、見晴の良いホテルにもどり、街へ食事のために降りることになる。ナポリ大学の教授たちとの会食がある。
潜水の後でもあるし、タクシーで坂を下った。予約しているレストランの前に来たが、30分時間があるので歩きましょう、とF先生の奥様がいう。そう、時間があれば、そのあたりの道路、いたるところに展開しているカフェにすわるのではなく、散歩するのだ。僕もその方が良いと思う。東京に帰ったら、僕も街を歩こう?
。
アンジェロ教授をはじめとして、ナポリ大学からは3人の先生がおいでになって、フルコースの会食、大学の先生たちの国際的交流というのはこういう感じなのだ。この前、インドネシアに行ったころは、まだしゃべることができた。それから、どんどん耳がわるくなっている。こういう席上で社交ができなくなっている。コースの料理の最後に、トマト味のナポリタン?がでてきた。ナポリのナポリタンは、日本のナポリタンに近い。それでも僕は、事務所の階下のヒマワリのナポリタンの方が好きだ。
このから揚げはおいしかった。
そういうことなのだ。僕は日本料理としてのイタリア料理にならされている。
そういえば、この前、といっても20年前だけど、フランスに行ったときには、フランス料理を食べないでベトナム料理と中華だけを食べていたような気がする。
6日、ナポリを立ち、イスタンブール空港経由で成田へ。ナポリ空港に回転ずしがった。「愛」という店名だった。味の想像はついたが、物は試しだ。にぎりが5ユーロ、かっぱ巻きが6ユーロだった。1ユーロが140円だ。イタリアの若いお兄さんが日の丸の鉢巻きをして寿司を握っていた。味噌汁はインスタントの味がしておいしかった。
ナポリ空港の回転寿司の店名は「愛}
イスタンブールでは5時間のトランジット。もしかして表に出てグランバザール付近まで行くのならば、土産を買えるとおもっていたが、空港からバザールは遠い。空港でも土産は買えるが高い。往路に買っておくべきだった。久しぶりの外国だったので、そんな要領もわすれてしまっている。
トランジットは宮本先生のカードでラウンジに入った。およそ食べるものはなんでもあった。成田の全日空のラウンジの5倍ぐらいの広さがある。トルコ航空はイスタンブールをシンガポール並みのハブ空港にしたいとしているのだろう。
帰りの飛行機はエノノミーで、どうせ眠るのだから、ビジネスでなくても全然かまわないが、トイレに立つのが隣の人を乗り越えて行かなくてはならないので大変だ。
成田に夕方にもどり、次の日の朝から伊豆大島に海豚倶楽部のスキンダイビング遠足を予定していた。大好きな必殺のスケジュールでテンションはハイになっていたのだが、台風のために中止、一気に気が抜けて、疲れと時差ボケがでた。
旅の反省点、忘れ物などについては、いつもと同じ。
カメラについてだが、ペンタックスのW90のバッテリー切れで、ボスボラス海峡の撮影ができなかったことがくやしい。買ったばかりのSJ4000があれば、持って行ったのに。
オリンパスのTG2 は、水深20mでも持ったし、画質についてもまずまず満足できたが、
GOPROとSJ のコンビネーションでこのような旅の記録は十分にできる。しかし、オリンパスが15mを越えようとすると、液晶画面にアラームがでて、それがダイブコンピュータの表示とほぼ同じだったのは感心した。
動画を編集して、お世話になった大学に送りたいと中尾先生にいわれている、なるべく早くやらねば
中尾先生からの指摘で、アンジェロ先生ではなくた、ヴァレリア先生だったとか。ご覧になることはまずないと思いますが、取り違えていました。申し訳ありません。
記念会のことはまたの機会にして、地中海をまとめなくては、
肝心のダイビングについてだが、中尾先生の採集もそれなりの成果はあげたとおもうし、別にトラブルも無かった。でも、イスキアの洞窟の潜水は、思うようにできなかった。ダイビングのスタイルのちがい、しゃべれないことによる意思の疎通があった。
日本人のレクリエーショナルダイバーが外国に行くとき、やはり受ける方に日本人のガイドがいないと、あるいは語学に堪能なインストラクターが同行していないと、もちろん、ダイバー本人もよくしゃべれる人が最近では多いので、それならばいいが、十分な打ち合わせができずにヒヤリとすることが多いと思う。僕の場合はヒヤリの前段階だと思うが、同じことが、あまり経験のないダイバーだったら、ひやりとしたと思う。
帰路
ナポリでは、見晴の良いホテルにもどり、街へ食事のために降りることになる。ナポリ大学の教授たちとの会食がある。
潜水の後でもあるし、タクシーで坂を下った。予約しているレストランの前に来たが、30分時間があるので歩きましょう、とF先生の奥様がいう。そう、時間があれば、そのあたりの道路、いたるところに展開しているカフェにすわるのではなく、散歩するのだ。僕もその方が良いと思う。東京に帰ったら、僕も街を歩こう?
アンジェロ教授をはじめとして、ナポリ大学からは3人の先生がおいでになって、フルコースの会食、大学の先生たちの国際的交流というのはこういう感じなのだ。この前、インドネシアに行ったころは、まだしゃべることができた。それから、どんどん耳がわるくなっている。こういう席上で社交ができなくなっている。コースの料理の最後に、トマト味のナポリタン?がでてきた。ナポリのナポリタンは、日本のナポリタンに近い。それでも僕は、事務所の階下のヒマワリのナポリタンの方が好きだ。
このから揚げはおいしかった。
そういうことなのだ。僕は日本料理としてのイタリア料理にならされている。
そういえば、この前、といっても20年前だけど、フランスに行ったときには、フランス料理を食べないでベトナム料理と中華だけを食べていたような気がする。
6日、ナポリを立ち、イスタンブール空港経由で成田へ。ナポリ空港に回転ずしがった。「愛」という店名だった。味の想像はついたが、物は試しだ。にぎりが5ユーロ、かっぱ巻きが6ユーロだった。1ユーロが140円だ。イタリアの若いお兄さんが日の丸の鉢巻きをして寿司を握っていた。味噌汁はインスタントの味がしておいしかった。
ナポリ空港の回転寿司の店名は「愛}
イスタンブールでは5時間のトランジット。もしかして表に出てグランバザール付近まで行くのならば、土産を買えるとおもっていたが、空港からバザールは遠い。空港でも土産は買えるが高い。往路に買っておくべきだった。久しぶりの外国だったので、そんな要領もわすれてしまっている。
トランジットは宮本先生のカードでラウンジに入った。およそ食べるものはなんでもあった。成田の全日空のラウンジの5倍ぐらいの広さがある。トルコ航空はイスタンブールをシンガポール並みのハブ空港にしたいとしているのだろう。
帰りの飛行機はエノノミーで、どうせ眠るのだから、ビジネスでなくても全然かまわないが、トイレに立つのが隣の人を乗り越えて行かなくてはならないので大変だ。
成田に夕方にもどり、次の日の朝から伊豆大島に海豚倶楽部のスキンダイビング遠足を予定していた。大好きな必殺のスケジュールでテンションはハイになっていたのだが、台風のために中止、一気に気が抜けて、疲れと時差ボケがでた。
旅の反省点、忘れ物などについては、いつもと同じ。
カメラについてだが、ペンタックスのW90のバッテリー切れで、ボスボラス海峡の撮影ができなかったことがくやしい。買ったばかりのSJ4000があれば、持って行ったのに。
オリンパスのTG2 は、水深20mでも持ったし、画質についてもまずまず満足できたが、
GOPROとSJ のコンビネーションでこのような旅の記録は十分にできる。しかし、オリンパスが15mを越えようとすると、液晶画面にアラームがでて、それがダイブコンピュータの表示とほぼ同じだったのは感心した。
動画を編集して、お世話になった大学に送りたいと中尾先生にいわれている、なるべく早くやらねば
中尾先生からの指摘で、アンジェロ先生ではなくた、ヴァレリア先生だったとか。ご覧になることはまずないと思いますが、取り違えていました。申し訳ありません。