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Channel: スガジロウのダイビング 「どこまでも潜る 」
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地中海ー4

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 本当に必殺のスケジュールで成田から直行で伊豆大島、トランジット東京で、その間にいろいろな連絡と準備、と高揚していたのに、ちょっとした台風で伊豆大島がちゅうしになってしまい、がっくりとしている。
 歳だからご無理なさらないように、などと言われるけれど、生きていることが人それぞれご無理なのだから、ご無理をやめたら生きて行かれなくなる。
 浦安海豚倶楽部の遠足、これで2年続けて?の中止だ。この前は、行かれたのに、僕が嫌な予感がして慎重になって中止。今度の伊豆大島はとにかく行けば何とかなるし、帰りも、他の伊豆七島ではだめでも、伊豆大島ならば大丈夫帰れると思って計画したのだが、中止。しかし、黒沢会長たち、倶楽部のリーダーとして中止が正解だとおもう。この前、僕が中止したのと同じようにこれで良いと思う。みんな、元気いっぱいだけれど、少しばかり年をとっている。
 常に突撃の僕の生き方を押し付けるわけには行かないと、やはり、僕が東京にいて判断しても中止だっただろう。伊豆大島で受けてくれる、山本勤さんのアドバイスもあっての中止だったとおもうが、山本さんの判断もこれで良い、と言いながら、とても残念で、行けば行けたのにと思いながら、これで良い。毎度のこと。ダイビングとは、そういうもの。

 さて、地中海は、ブログの上では旅の途中だ。
 風光明媚すぎるポルト・フィーノの岬の先端近くに碇を入れたところで、止まっている。
 第一回目の潜水、本当に延々と旅をしてきて、ようやく第一回目の潜水だ。
 潜水開始は多分11時ころだ、ダイビングコンピューターの記録、東京時間のそのままだ。
 9月2日
 潜水時間は39分、水温は23,4度、潜水する水深は15mを予定した。
 最大水深18m 平均が10.2mだ。

      インストラクター氏

 フリーのインストラクターだか、大学関係者のインストラクターか不明のインストラクター氏は、過不足の無い、いいガイドをしてくれる。大体の説明をして、あとは僕たちに動きを任せて、外側から見ていてくれる。

 水中の地形は、原則として陸上の地形が連続している。陸上は20mほどの高さの岩の崖がそびえていて、その上に瀟洒なたてものがある。水中も20-25mの崖になっている。


 ぼくと中尾先生がいつものバディ、町田君と宮本先生のバディを久保君が見てくれる。
 僕たちのダイビングは、ボートのアンカーから80mの巻き尺を伸ばして、その範囲内で採集をする。今度も巻き尺を持ってきたのだが、久保君は、小さいリールでラインを伸ばすスタイルだから、任せた。
 岸の崖に沿ったダイビングだから、リールも巻き尺も必要ないとも考えたが、初めての地形だし、何があるかわからない。きまりはきまりとしてやらないと、もしもの時に後悔する。



 久保君のラインは、崖の中腹に横に伸ばすラインとして正しく、見事なもので、まっすぐに伸びている。僕たちの巻き尺は海底を這わせるものだから、このような垂直地形では、ラインは垂直に降りてしまう。落としたラインから離れて横に移動して、戻りはラインに戻ってラインを巻きながらアンカーに戻る。久保君のラインはまっすぐに水平に張っている。技として、本当に見事なもので、見惚れるように撮影した。彼のこのラインの操作を撮影できただけで、僕としては、一つの満足。しかし、久保君が採集に参加する場合はどういう動きになるのだろう。彼の技術だからできる。僕にはできない。やはり、巻き尺ラインを放置して、そこに戻る方式だろう。
 崖の中腹を少しばかり移動して採集する。ちょっとオーバーハングになっているところでは、無脊椎動物が多い。



 ここの特徴は、見事なまでに海藻が生えていない。大型海藻も下草の類もない。微細な海藻は生えているのだろうが、目にははいらない。埴食性の魚の群れがついばんでいるように見えるから、生えてはいるのだろう。
 水深10mを超えると、濁ったような色になり、透視度も15m歩とになるが、浅いところではきれいな青、地中海ブルーとでもいうのだろうか、透視度は20mを超える。
 中尾先生は目指すサンプリングができただろうか。多分で来たと思う。

 2回目の潜水、
 潜水時間は32分、水温は21.8℃ 最大水深が26m、平均が10m
 一回目の潜水の残圧が100、これでそのまま潜るから、タッチ&ゴーだろう。僕はこの潜水の計画加わっていない。おそらく、インストラクター氏を交えての話で決まったのだろうが、僕は耳が不自由な上に、片言英語だから、英語の会話は理解できていない。
 中尾先生は15mラインで、前回の採集を繰り返し、久保君が町田君、宮本先生は25mの崖の底まで行く、「須賀さんはどうしますか?」ということになった。中尾先生のバディは、大学のCさんが、務めてくれる。僕は中尾先生のバディだから外れることになる。あまり好ましい計画ではないが、別に危ないことはない。少し迷うが、25m組に同行することにしたが、中尾先生から離れることは、ちょっと嫌な感じをしている。
 たかが25mだけど、こだわっている。TG2は15mまでなので、ステイから外して、GOPROだけにする。




 
 もちろん、何事もなく25mまで行き、もどってきて、浅いところで空気が20になるまで、魚を撮影して遊んでもどった。



  
沖を超高速のヨットが突っ走って行く。なお、ヨットというと帆船だけのように思っている人が居るかもしれないけれど、僕はヨットと言うとき、モナコ王室のヨットのように超豪華な200トン程度のボートまでをヨットとしている。




 戻り道、ポルト・フィーノの入り江に入り、一回りした。上陸する時間がないが、海から見た町、そして、止まっているヨット、このポルト・フィーノ、50年ほど前に見たナショナルジェオグラフィックに記事があり、頭に焼き付いている。その写真のままのようなたたずまいだ。
 ポルト・フィーノから、僕たちが出港した港、サンタ・マルガリータの途中にダイビングサービスがあり、ここでタンクを借りたらしく、桟橋にボートを着けて返却する。このサービスの建物も、フィットしている。

       ポルト・フィーノのダイビングサービス

 サンタ・マルガリータに戻って、機材をパッキングして、街で遅い昼食、14時ごろになっている。車を駐車して、街を歩くと、街の道はそのままレストラン、そのどこかで座るのかと期待して歩くと、そうではない。パン屋に立ち寄る。ここの食事は、パンに何かを挟むのが原則だ。適当に買って、海岸まで歩き、木蔭のベンチで食べる。お金をかけないのだ。海岸のビーチは海水浴場、日本の「海の家」のような脱衣場もなく、親子連れがタオルをかぶって着替えている。すぐ目の前には豪華ヨットが多数、浮いている。

 ジェノヴァの大学に立ち寄り、採集した標本の処理をする。助教の新井さんがヘッドで町田君と杉江君が作業をする、ミニ中尾教室である。

 九州大学の宮本先生は、オープンウオーターですというだけだが、上手か下手かどっちかだねと、久保さんと話をしていて、久保さんにお任せにしたが、上手の域で、全く危なげはない。

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