3月30日、4時に目覚める。そのままベッドの中で、半睡、風邪の症状が軽減している。熱もないし、咳も止まっている。ただ、起きる気持ちになれない、このままもう一度眠りに引きこまれたらどんなにいいだろう。このままベッドの中で半日ぐらい過ごしたい。今日は日曜日でもある。この気分は、少年時代以来だ。学校に行かなくても良い日曜日。このまま死んでも良いな。そうすれば、もう、立ち上がらなくても良い。もう十分に戦った。これですべての意識が消えて行ったとしても、眠りに落ちるのだから良い。恐ろしい誘惑だ。
もしも、今日一日、このまま寝ていれば、よく眠れば風邪は治る。咳を長く引きずることもない。みなさん「お大事に」って言ってくれるのだから、このまま眠っても良いだろう。
ああ、もう5時50分になった。カメラのライトは、カメラのチャージは?このまま眠ってしまいたい。
でも、僕は学校をさぼれば良い少年ではない。今日、お台場に来ることを決めている仲間たちとの約束を破ることになる。起きられるのならば、立ち上がらなくてはいけない。
80・80 80歳で80m潜る計画だ。辛くても起き上がり、身体的な辛さに耐えることを継続しなければならない。安全な、しかも容易な方法で潜ると決めている。それは新しい潜水手法だ。普通の潜水として80m潜らなければいけない。これまでの、僕の大深度潜水は常に、新しい、潜水技術のテストと結びついていた。安全、容易と言っても、その日までのトレーニングの継続が無ければ、出来るものではない。そして今現在、今日は、お台場に潜る以外にスクーバのトレーニングの継続手段がない。
さあ、起きよう。起きて見ると体は怠い。カメラのチェックをして、インナーと言っても、キルティングの作業用の上下つなぎだが、足を入れて、手を入れる。インナーを着て行ってしまおう。
外に出て見ると小雨だ。せめて、天気が良ければ良いのだが、車を出して、アシスタントをしてくれる鈴木君と、それから、ドライスーツのテスト兼トレーニングをする、早稲田大学中尾研究室の新人,石橋君をピックアップする。事務所で、器材の積み込みをする。鈴木君が手際よく積んでくれる。こういう日に限って、お台場に来る人が多い。NHKの取材も来る。
積みきれないで、ルーフキャリアにゴムボートと曳行ブイをのせる。
車を駐車場に入れて、上から水面を見下ろすと、茶色い、これでは、30cmぐらいしか見えないだろう。3月の終わりだから、そろそろ、メバルの稚魚も出てくるだろう。マハゼの稚魚は、浮遊状態だろうか。NHKは、アユの稚魚を撮りたいとたわごとを言って、後藤道夫がつくっている巨大カメラを持ってきているがとても無理だろう。
小雨の中でブリーフィングをする。熱が出てきたかもしれない。
潜ろうかやめておこうか迷っている。この水の色では、絶対に良い絵など撮れる可能性はゼロ。
本日の忘れ物、ポールカメラのポールを持ってきていない。やはり、風邪のために頭がピンボケしている。みんな次々と支度をしてエントリーする。NHKのカメラマン、中西君だが、立派なファブリックの高価なドライスーツを着ている。ボードのしたにGoProを2台取り付けた水面カメラも持ってきている。
風呂田先生チームは、今日は2名だが、それに海洋大学潜水部の自見君もはいる。彼は、この春から広島大学に移る。お餞別にドライスーツを上げることにしていて、そのテストもあって来ている。このお台場の潜水から、何人かの潜れる研究者が育っている。彼は広島大学に行くのだから、もしかしたら、豊潮丸に一緒に乗れるかもしれない。まあ望み薄だが。
僕のチームは、女流カメラマンの清水まみ、と科学未来館の三ツ橋君、二人とも女のくせに、というか女だからか、めちゃにタフだ。
尾島さん一家は、今日はほぼ全員、娘の潮音ちゃんと沙海ちゃん、奥さん、お父さん、の4名が一緒に潜る。若い娘二人は、雨の中をタンクを背負って跳ねているように水際に向かう。
尾島お父さんと娘たち 汐音ちゃんと沙海ちゃん。それぞれ、自分の目印の曳行ブイを手にしている。なんとなく、それぞれに似合っている。
そして僕は、悩んでいる。雨は次第に強くなる様子。もうここまで濡れたのならば、風邪が良くなるように、なんて言葉は吹き飛ばされた。なんとなく鼻が詰まって、風邪ひき初期状態に近い。二重の風邪ひきか?行こう!
ドライスーツを着て、今日はBCをハルシオンではなくて、昔、愛用していたアポロに換えている。もうみんな潜ったので、僕が最後、一人でタンクを背負う。昔、秒速で着られたアポロが肩が引っかかってしまう。腕は後ろに回らなくなっている。それでも、着て、立ち上がり、歩く、歩く距離は、40mぐらいか、フィンを履いて、膝のあたりまで歩いて、体を横にして、這う。身体を水に入れてしまえば、呼吸も身体も楽になるはず。そう思って深呼吸するが、やはり、風邪のためか、呼吸が鎮まるのに少し時間がかかる。
BCの空気を抜いたが沈まない。胸のジャケットウエイトが7キロ、腰に2キロ、足に1・4k合計で10キロだが、沈まない。それにバランスが取れないで、転がりそうになる。いつの間にかハルシオンの、バックフローティングのBCに身体のバランスが対応してしまっているのだろうか。
2mまで沈めば、何とか水平な姿勢がとれた。普通の海ならば、これでウエイトは正解だが、水深1mでほとんど過ごしたいお台場海浜公園では、1キロ不足だ。
思っていた通り、何にも見えない。ライトを点ければ、海底のゴミや、ユウレイボヤのような形は見える。これでもなんでも、どのくらい濁っていたか、何が居たのかを記録しておかなくてはいけない。
ゴカイの調査をしている尾島さんとか風呂田先生は、その辺の泥をしゃくって来れば良いのだからこれでも大丈夫。尾島さんは、小さいゴカイを吸い取る新兵器を工夫していたが、この濁りではどうだろうか。
自分撮りで、どのくらい濁っているかを表現して、カメラを下に振って、静止すると、ライトの光芒の中に、マッチ棒の頭くらいの稚魚が横切る。甲殻類のプランクトンが集まるかと期待したが、それでマッチ棒の頭だけで終わりだった。とにかく、今回の映像としてはこれで良いだろう。
カメラを自分に向けてもこの程度
マッチ棒の頭くらいの稚魚がツンツン泳いでいるが静止画ではわからないかもしれない。
しかし、身体のバランスが悪い、風邪のためにふらふらしているのだろうか。それにしても、足腰の筋肉をもう少し鍛えないとやばい。風邪が治ったらトレーニングを開始しなくては。
陸に戻って、雨風が横殴りになってきている。僕はもうこれで終了にする。無理はしないって、もう十分に無理をしている。
尾島一族はまた支度して海に向かっている。娘たちも躍動している。鈴木君と石橋君も、入る。石橋君は予想通りドライに浸水しているが、水着を着てドライを着ているのだから、ウエット状態で問題ないという。石橋君はすでに良いダイバーだ。自分で自分のことができる。
三ツ橋は終了したが、清水まみさんは、準備をして行くようだ。彼女が上がったら今日は撤収だな。NHKは、散々だったが中西カメラマンは、僕がNHKをしごいていた最後の世代に入ると、昔話をする。彼は教えなかったが、同期生を何人か教えている。何も撮れなかっただろうが、お台場とはこういうところだと体で知ることができただろう。中西カメラマンは、ここで一本撮りたいような面白さがあると言っていた。もちろん実現しないことは間違いないが。
テントを撤収した後も顕微鏡をのぞいている。歯科医だが専門の研究者以上の根性、いや、も専門の研究者を抜き去っているのかもしれない。
言われる。「風邪をいつも引いていますね」 「そう。体が弱いんだ。」
この海に適応できるダイバーはあまり多くは無いと思うが、ここに適応できれば、すべての海の環境に適応して、撮影が出来ると思う。中村征夫の出世作である、フォト・ルポルタージュ、おそらく彼の作品の最高峰といえる「全東京湾」はお台場から始まっている。
予想通り、風邪は治るわけがない。しかし、発熱もしなかったし、咳も10%ましていどだ。僕は昔から気管支が悪く、風邪を気管支カタルに追い込んで長引かせるのが毎年だった。なぜか2003年から、昨年までは、持病がでなかった。
また明日も辰巳の国際水泳場でスキンダイビングだ。
もしも、今日一日、このまま寝ていれば、よく眠れば風邪は治る。咳を長く引きずることもない。みなさん「お大事に」って言ってくれるのだから、このまま眠っても良いだろう。
ああ、もう5時50分になった。カメラのライトは、カメラのチャージは?このまま眠ってしまいたい。
でも、僕は学校をさぼれば良い少年ではない。今日、お台場に来ることを決めている仲間たちとの約束を破ることになる。起きられるのならば、立ち上がらなくてはいけない。
80・80 80歳で80m潜る計画だ。辛くても起き上がり、身体的な辛さに耐えることを継続しなければならない。安全な、しかも容易な方法で潜ると決めている。それは新しい潜水手法だ。普通の潜水として80m潜らなければいけない。これまでの、僕の大深度潜水は常に、新しい、潜水技術のテストと結びついていた。安全、容易と言っても、その日までのトレーニングの継続が無ければ、出来るものではない。そして今現在、今日は、お台場に潜る以外にスクーバのトレーニングの継続手段がない。
さあ、起きよう。起きて見ると体は怠い。カメラのチェックをして、インナーと言っても、キルティングの作業用の上下つなぎだが、足を入れて、手を入れる。インナーを着て行ってしまおう。
外に出て見ると小雨だ。せめて、天気が良ければ良いのだが、車を出して、アシスタントをしてくれる鈴木君と、それから、ドライスーツのテスト兼トレーニングをする、早稲田大学中尾研究室の新人,石橋君をピックアップする。事務所で、器材の積み込みをする。鈴木君が手際よく積んでくれる。こういう日に限って、お台場に来る人が多い。NHKの取材も来る。
積みきれないで、ルーフキャリアにゴムボートと曳行ブイをのせる。
車を駐車場に入れて、上から水面を見下ろすと、茶色い、これでは、30cmぐらいしか見えないだろう。3月の終わりだから、そろそろ、メバルの稚魚も出てくるだろう。マハゼの稚魚は、浮遊状態だろうか。NHKは、アユの稚魚を撮りたいとたわごとを言って、後藤道夫がつくっている巨大カメラを持ってきているがとても無理だろう。
小雨の中でブリーフィングをする。熱が出てきたかもしれない。
潜ろうかやめておこうか迷っている。この水の色では、絶対に良い絵など撮れる可能性はゼロ。
本日の忘れ物、ポールカメラのポールを持ってきていない。やはり、風邪のために頭がピンボケしている。みんな次々と支度をしてエントリーする。NHKのカメラマン、中西君だが、立派なファブリックの高価なドライスーツを着ている。ボードのしたにGoProを2台取り付けた水面カメラも持ってきている。
風呂田先生チームは、今日は2名だが、それに海洋大学潜水部の自見君もはいる。彼は、この春から広島大学に移る。お餞別にドライスーツを上げることにしていて、そのテストもあって来ている。このお台場の潜水から、何人かの潜れる研究者が育っている。彼は広島大学に行くのだから、もしかしたら、豊潮丸に一緒に乗れるかもしれない。まあ望み薄だが。
僕のチームは、女流カメラマンの清水まみ、と科学未来館の三ツ橋君、二人とも女のくせに、というか女だからか、めちゃにタフだ。
尾島さん一家は、今日はほぼ全員、娘の潮音ちゃんと沙海ちゃん、奥さん、お父さん、の4名が一緒に潜る。若い娘二人は、雨の中をタンクを背負って跳ねているように水際に向かう。
尾島お父さんと娘たち 汐音ちゃんと沙海ちゃん。それぞれ、自分の目印の曳行ブイを手にしている。なんとなく、それぞれに似合っている。
そして僕は、悩んでいる。雨は次第に強くなる様子。もうここまで濡れたのならば、風邪が良くなるように、なんて言葉は吹き飛ばされた。なんとなく鼻が詰まって、風邪ひき初期状態に近い。二重の風邪ひきか?行こう!
ドライスーツを着て、今日はBCをハルシオンではなくて、昔、愛用していたアポロに換えている。もうみんな潜ったので、僕が最後、一人でタンクを背負う。昔、秒速で着られたアポロが肩が引っかかってしまう。腕は後ろに回らなくなっている。それでも、着て、立ち上がり、歩く、歩く距離は、40mぐらいか、フィンを履いて、膝のあたりまで歩いて、体を横にして、這う。身体を水に入れてしまえば、呼吸も身体も楽になるはず。そう思って深呼吸するが、やはり、風邪のためか、呼吸が鎮まるのに少し時間がかかる。
BCの空気を抜いたが沈まない。胸のジャケットウエイトが7キロ、腰に2キロ、足に1・4k合計で10キロだが、沈まない。それにバランスが取れないで、転がりそうになる。いつの間にかハルシオンの、バックフローティングのBCに身体のバランスが対応してしまっているのだろうか。
2mまで沈めば、何とか水平な姿勢がとれた。普通の海ならば、これでウエイトは正解だが、水深1mでほとんど過ごしたいお台場海浜公園では、1キロ不足だ。
思っていた通り、何にも見えない。ライトを点ければ、海底のゴミや、ユウレイボヤのような形は見える。これでもなんでも、どのくらい濁っていたか、何が居たのかを記録しておかなくてはいけない。
ゴカイの調査をしている尾島さんとか風呂田先生は、その辺の泥をしゃくって来れば良いのだからこれでも大丈夫。尾島さんは、小さいゴカイを吸い取る新兵器を工夫していたが、この濁りではどうだろうか。
自分撮りで、どのくらい濁っているかを表現して、カメラを下に振って、静止すると、ライトの光芒の中に、マッチ棒の頭くらいの稚魚が横切る。甲殻類のプランクトンが集まるかと期待したが、それでマッチ棒の頭だけで終わりだった。とにかく、今回の映像としてはこれで良いだろう。
カメラを自分に向けてもこの程度
マッチ棒の頭くらいの稚魚がツンツン泳いでいるが静止画ではわからないかもしれない。
しかし、身体のバランスが悪い、風邪のためにふらふらしているのだろうか。それにしても、足腰の筋肉をもう少し鍛えないとやばい。風邪が治ったらトレーニングを開始しなくては。
陸に戻って、雨風が横殴りになってきている。僕はもうこれで終了にする。無理はしないって、もう十分に無理をしている。
尾島一族はまた支度して海に向かっている。娘たちも躍動している。鈴木君と石橋君も、入る。石橋君は予想通りドライに浸水しているが、水着を着てドライを着ているのだから、ウエット状態で問題ないという。石橋君はすでに良いダイバーだ。自分で自分のことができる。
三ツ橋は終了したが、清水まみさんは、準備をして行くようだ。彼女が上がったら今日は撤収だな。NHKは、散々だったが中西カメラマンは、僕がNHKをしごいていた最後の世代に入ると、昔話をする。彼は教えなかったが、同期生を何人か教えている。何も撮れなかっただろうが、お台場とはこういうところだと体で知ることができただろう。中西カメラマンは、ここで一本撮りたいような面白さがあると言っていた。もちろん実現しないことは間違いないが。
テントを撤収した後も顕微鏡をのぞいている。歯科医だが専門の研究者以上の根性、いや、も専門の研究者を抜き去っているのかもしれない。
言われる。「風邪をいつも引いていますね」 「そう。体が弱いんだ。」
この海に適応できるダイバーはあまり多くは無いと思うが、ここに適応できれば、すべての海の環境に適応して、撮影が出来ると思う。中村征夫の出世作である、フォト・ルポルタージュ、おそらく彼の作品の最高峰といえる「全東京湾」はお台場から始まっている。
予想通り、風邪は治るわけがない。しかし、発熱もしなかったし、咳も10%ましていどだ。僕は昔から気管支が悪く、風邪を気管支カタルに追い込んで長引かせるのが毎年だった。なぜか2003年から、昨年までは、持病がでなかった。
また明日も辰巳の国際水泳場でスキンダイビングだ。