80m潜ること、18日の水中科学協会の理事会で議題として、発表した。出来るのだろうか。技術的には、あんまり問題は無いように思っている。テクニカルダイビングでは、講習会で潜るような深さだ。それにしても、80mである。そして、プロジェクトとして行うことの難しさがある。27歳 1964年の時も、ただ黙ってどこかの海に行き、80mとか潜ることは難しいことではなかった。それをその頃のテレビ番組で「命綱を降ろせ」にまとめることが難しかった。1996年の時にはもった難しかった。2015年は、もっと困難だろうとも予想できる。27歳、60歳、80歳 気力は衰え、体力も衰える。
しかし、やると決めた。
19日、プレゼンテーションのための企画書の①[バージョン1]を書いた。実現までに何度書き直すことだろうか。問題は山積みだが、やはり、健康と、トレーニングの続行が一番重要だ。次に資金の問題、4月には準備委員会を開かなければならないのだが、準備委員会の前に準備委員会の前の段階がある。
苦労は苦労として、どんな潜水をするのか?まず安全でなければいけない。少なくとも考えられる範囲で一番安全だと思える方法で潜らなければいけない。安全とは、僕の場合、水面とケーブルでつながっていて通話している状態のことである。その他の安全は言葉であり、不確定要素が大きい。
ケーブルダイビングシステムで行く。ニュース・ステーションの水中レポートシリーズで考え付き、脇水輝之の悲しい事故がきっかけになって、テ・ルという会社を作って普及しようと頑張ったが普及できなかった。(このことについては、月刊ダイバーのニッポン潜水グラフィティの最終回に書いた。)ケーブルで水面の船と繋がったら、それはもうスクーバではないから受け入れられなかった。しかし、僕は最後にこのシステムをもう一度世に出しておきたい。80歳でも80m潜れるシステムとして、記録に残しておく。
僕の考えている究極の安全を追求したダイビングシステムは有線通話とスクーバのハイブリッドなのだ。ここで使うケーブルダイビングシステムのケーブルはかなり太く、そして、人間3人ぐらいは引っ張り上げられる。このケーブルを細く細く、テグスの要は光ファイバーで1000mも延ばせるようになり、しかもそれがピアノ線のような強度があったとしたら?ジェームス・キャメロンの映画 アビス 1989は水中のセット撮影としてすごい映画だった。この映画には、光ファイバーの有線通話は出てこなかったが、その原作には、書き込まれている。
使用する呼吸ガスはトライミックスで、多分、酸素12%、ヘリウム50%、窒素38%を考えている。1996年の100m潜水で、このガスを使う予定だったが、実際には、酸素12%ヘリウム88%のヘリオックスを使用した。
潜水機はリブリーザーではなくて、オープンサーキットである。リブリーザーは、70歳の時にインスピレーションという機種を購入して練習を開始したが、器材が重過ぎて、その他、幾つかの条件がクリアーできずにあきらめた。まだ、心残りがあるが、今さら、リブリーザーのトレーニングをする時間もない。
オープンサーキットでゆくとなると、持って行くガス量が大きいから、サイドマウントで4-5本持って行くのが普通だろうが、サイドマウントも使わない。この深さで、サイドマウントを使うためには、かなりの熟達が必要だろうし、体力も必要だが、僕には出来る自信がない。
浮沈式のガスバンクを使いたい。これは、まったく新しい方式なので作らなければならない。この方式は1998年、オーストラリアのポートリンカンにホオジロザメの撮影に行った時に撮影した自走式のサメ除けケージ(檻)から着想し、いままで実現していなかった。全く新しい潜水機と言えないこともない。いずれ、80・80のプロジェクトが進んで行けば、この潜水機について何度も書いて行くことになるので、ここでは概略だけを書く。
ホオジロ鮫
一人乗りのケージにダイバーが乗り、前方のバラストタンクの空気を抜いて潜航する。
自走式のサメ除けのケージは、ダイバーが入れるだけの大きさの檻であり、この中に入って、ホオジロザメのアタックを防ぐのだが、前に付いたプロペラで推進し、横についたバーンドアから体を乗り出すようにしてアワビを採る。空気は上のボートのコンプレッサーから送られてくる。ケージの天井に付けられた浮力タンクの空気を出し入れして中世浮力にしている。小型の潜水艇のようなものだ。これは、もしかして、まったく新しい潜水機になると考え、日本での製作を考えた。アジア海洋作業の柳井社長(現会長)に相談したところ、アジア海洋で作るという話になった。が、作る人が別の作業で忙しく、やれないので、お金は出すから、オーストラリアから一台買おうということになった。オーストラリアに連絡したところ、作っていた町工場の社長が亡くなってしまい、その後の見通しが立っていないということで、そのままフリーズしてしまった。
深く潜るステージに浮力タンクを付けて潜降、浮上させる試みは別に新しい考えではなくて、1950年代にクストーもやっている。しかし、テクノロジーはその先にすすんでしまって、この方式は取り残されてしまった。
400トンの母船が必要になってしまった。
前回、1996年の100m潜水では、吊り下げるステージを借りてきて使用したが、このステージを上げ降ろしするデリックが必要、そのデリックがついている母船という事で、400トンの船になってしまった。その上に、波高が1mあるとデリックが揺れて、ケージも揺れて、危険になってしまう。このステージがネックになって、天候待ちで潜水は難航した。
両側にバラストタンクがついていて自力潜降できる。
吊り下げるステージではなくて、浮力タンクで浮沈させるステージならば、しかも小さくして、アルミフレームで軽く作れば、漁船から、二人ぐらいの手で、上げ降ろしができると考えた。亡くなった後藤道夫に相談して、作ってやるという事だったが、後藤道夫は世を去ってしまった。
もう一度考え直して見ると、人間の乗るようなステージは不要なのではないか。ヘルメット式のような重い装備のダイバーを乗せて上げ下ろしするからステージが必要、中性浮力になっているスクーバダイバーは、足を付けてステージに乗るようなことはしない。考えて見ると、1996年の時も、一緒に潜ってくれた田島は、ステージに乗ってきたことはほとんどない。ステージの外側でステージに軽く掴まっていただけだった。
人間を乗せる必要は、スクーバの場合は無い。となると、サイドマウントで持って行くタンク、プラス予備、バディシステムとして、一緒に潜っているダイバーも使うとすればタンク8本程度を束ねれて、タンクからダイバー、つまり僕には、10mほどのホースで送気すれば良い。背中には1本の4L~8Lのタンクを背負っているが、これは、BCと、ドライスーツの空気、そして、ベイルアウトとする。浮沈タンクで中世浮力になった、小さなガスバンクをある程度は曳いて泳げる。ガスバンクは細いロープで船上とつないである。もちろん電話は通じている。
こんな装備を考えた。浮沈タンクには、上面にBCのインフレータを付けておけば良い。要するに浮沈タンクは金属製のBCなのだ。
ガスバンクの浮沈タンクの空気を抜いて、やや沈み気味で沈んで行く、上とはロープでつながっている。BCでの潜降と同じ要領で沈んでゆく。浮き始めるとやばいので、浮いたとしても、ほんの少しの浮上速度、になるように浮沈タンクの底は空気の出口穴を開けて置く。これらは、オーストラリアの自走ケージと同様だ。このガスバンクにスラスターを付けて走らせることは容易だが、それは今回のテーマではない。
これを水中での基点として置けば、同行するサポートダイバー(実は楽しく遊んで潜ればいいのだが)その安全確保にもなる。
しかし、やると決めた。
19日、プレゼンテーションのための企画書の①[バージョン1]を書いた。実現までに何度書き直すことだろうか。問題は山積みだが、やはり、健康と、トレーニングの続行が一番重要だ。次に資金の問題、4月には準備委員会を開かなければならないのだが、準備委員会の前に準備委員会の前の段階がある。
苦労は苦労として、どんな潜水をするのか?まず安全でなければいけない。少なくとも考えられる範囲で一番安全だと思える方法で潜らなければいけない。安全とは、僕の場合、水面とケーブルでつながっていて通話している状態のことである。その他の安全は言葉であり、不確定要素が大きい。
ケーブルダイビングシステムで行く。ニュース・ステーションの水中レポートシリーズで考え付き、脇水輝之の悲しい事故がきっかけになって、テ・ルという会社を作って普及しようと頑張ったが普及できなかった。(このことについては、月刊ダイバーのニッポン潜水グラフィティの最終回に書いた。)ケーブルで水面の船と繋がったら、それはもうスクーバではないから受け入れられなかった。しかし、僕は最後にこのシステムをもう一度世に出しておきたい。80歳でも80m潜れるシステムとして、記録に残しておく。
僕の考えている究極の安全を追求したダイビングシステムは有線通話とスクーバのハイブリッドなのだ。ここで使うケーブルダイビングシステムのケーブルはかなり太く、そして、人間3人ぐらいは引っ張り上げられる。このケーブルを細く細く、テグスの要は光ファイバーで1000mも延ばせるようになり、しかもそれがピアノ線のような強度があったとしたら?ジェームス・キャメロンの映画 アビス 1989は水中のセット撮影としてすごい映画だった。この映画には、光ファイバーの有線通話は出てこなかったが、その原作には、書き込まれている。
使用する呼吸ガスはトライミックスで、多分、酸素12%、ヘリウム50%、窒素38%を考えている。1996年の100m潜水で、このガスを使う予定だったが、実際には、酸素12%ヘリウム88%のヘリオックスを使用した。
潜水機はリブリーザーではなくて、オープンサーキットである。リブリーザーは、70歳の時にインスピレーションという機種を購入して練習を開始したが、器材が重過ぎて、その他、幾つかの条件がクリアーできずにあきらめた。まだ、心残りがあるが、今さら、リブリーザーのトレーニングをする時間もない。
オープンサーキットでゆくとなると、持って行くガス量が大きいから、サイドマウントで4-5本持って行くのが普通だろうが、サイドマウントも使わない。この深さで、サイドマウントを使うためには、かなりの熟達が必要だろうし、体力も必要だが、僕には出来る自信がない。
浮沈式のガスバンクを使いたい。これは、まったく新しい方式なので作らなければならない。この方式は1998年、オーストラリアのポートリンカンにホオジロザメの撮影に行った時に撮影した自走式のサメ除けケージ(檻)から着想し、いままで実現していなかった。全く新しい潜水機と言えないこともない。いずれ、80・80のプロジェクトが進んで行けば、この潜水機について何度も書いて行くことになるので、ここでは概略だけを書く。
ホオジロ鮫
一人乗りのケージにダイバーが乗り、前方のバラストタンクの空気を抜いて潜航する。
自走式のサメ除けのケージは、ダイバーが入れるだけの大きさの檻であり、この中に入って、ホオジロザメのアタックを防ぐのだが、前に付いたプロペラで推進し、横についたバーンドアから体を乗り出すようにしてアワビを採る。空気は上のボートのコンプレッサーから送られてくる。ケージの天井に付けられた浮力タンクの空気を出し入れして中世浮力にしている。小型の潜水艇のようなものだ。これは、もしかして、まったく新しい潜水機になると考え、日本での製作を考えた。アジア海洋作業の柳井社長(現会長)に相談したところ、アジア海洋で作るという話になった。が、作る人が別の作業で忙しく、やれないので、お金は出すから、オーストラリアから一台買おうということになった。オーストラリアに連絡したところ、作っていた町工場の社長が亡くなってしまい、その後の見通しが立っていないということで、そのままフリーズしてしまった。
深く潜るステージに浮力タンクを付けて潜降、浮上させる試みは別に新しい考えではなくて、1950年代にクストーもやっている。しかし、テクノロジーはその先にすすんでしまって、この方式は取り残されてしまった。
400トンの母船が必要になってしまった。
前回、1996年の100m潜水では、吊り下げるステージを借りてきて使用したが、このステージを上げ降ろしするデリックが必要、そのデリックがついている母船という事で、400トンの船になってしまった。その上に、波高が1mあるとデリックが揺れて、ケージも揺れて、危険になってしまう。このステージがネックになって、天候待ちで潜水は難航した。
両側にバラストタンクがついていて自力潜降できる。
吊り下げるステージではなくて、浮力タンクで浮沈させるステージならば、しかも小さくして、アルミフレームで軽く作れば、漁船から、二人ぐらいの手で、上げ降ろしができると考えた。亡くなった後藤道夫に相談して、作ってやるという事だったが、後藤道夫は世を去ってしまった。
もう一度考え直して見ると、人間の乗るようなステージは不要なのではないか。ヘルメット式のような重い装備のダイバーを乗せて上げ下ろしするからステージが必要、中性浮力になっているスクーバダイバーは、足を付けてステージに乗るようなことはしない。考えて見ると、1996年の時も、一緒に潜ってくれた田島は、ステージに乗ってきたことはほとんどない。ステージの外側でステージに軽く掴まっていただけだった。
人間を乗せる必要は、スクーバの場合は無い。となると、サイドマウントで持って行くタンク、プラス予備、バディシステムとして、一緒に潜っているダイバーも使うとすればタンク8本程度を束ねれて、タンクからダイバー、つまり僕には、10mほどのホースで送気すれば良い。背中には1本の4L~8Lのタンクを背負っているが、これは、BCと、ドライスーツの空気、そして、ベイルアウトとする。浮沈タンクで中世浮力になった、小さなガスバンクをある程度は曳いて泳げる。ガスバンクは細いロープで船上とつないである。もちろん電話は通じている。
こんな装備を考えた。浮沈タンクには、上面にBCのインフレータを付けておけば良い。要するに浮沈タンクは金属製のBCなのだ。
ガスバンクの浮沈タンクの空気を抜いて、やや沈み気味で沈んで行く、上とはロープでつながっている。BCでの潜降と同じ要領で沈んでゆく。浮き始めるとやばいので、浮いたとしても、ほんの少しの浮上速度、になるように浮沈タンクの底は空気の出口穴を開けて置く。これらは、オーストラリアの自走ケージと同様だ。このガスバンクにスラスターを付けて走らせることは容易だが、それは今回のテーマではない。
これを水中での基点として置けば、同行するサポートダイバー(実は楽しく遊んで潜ればいいのだが)その安全確保にもなる。