2013年も残すところ後1日になってしまった。年末の話題としては、どうかと思うけれど、22日の西川名でのキャノン・デジタルxの水没のことを書かないと年が暮れない。
ハウジングはフィッシュアイで、2004年ごろ買ったのだと記憶している。フィルムからデジタルに代わって、最初に買った一眼レフだ。一眼レフのハウジングとしては一番コンパクトだったから買った。
在りし日の姿。去年の式根島でのタカベの撮影。このカメラはLCDで常時画像を見ているわけではなく、一眼レフのファインダーをのぞかなければならない。カメラとして当然だけれど、ファインダーを覗くと、周囲が見えなくなるので、そのことは気に入っていなかった。
すべてフォーカスを手動で動かせないため、ナイトダイビングなどでは、ライトだけで撮影できるくらいの光量のあるライトでないとフォーカスが合わない。フォーカスが合わないとシャッターが落ちない。
内蔵ストロボの光を、送ってストロボを光らせるため、二枚続けてシャッターを切ると、三枚目が撮れない。つまり連写が利かない。最高級ではない、しかも初期のデジタル一眼カメラだから仕方がないがそれでもハウジングは20万だった。
裏蓋は、オーリングを押し付ける水密機構で、円筒形シールではないから、僕のように荒い使い方では危ないなとは思っていた。僕が作ったカメラは、この水密方式は採らない。が、注意すれば大丈夫とおもっていた。しかし、1年ぐらいで水没させた。羽田沖でハゼの巣穴を撮影していて、真上を飛行機が低空に離着陸するので、望遠で撮ろうと、ハウジングからカメラを出して撮影し、またハウジングにもどした。このタイプのシールで水没原因の三本指にはいる原因だ。すぐに船に上げたので、レンズは助かったがボデイはだめだった。ボデイだけオークションであまり高くなく買った。
この方式での裏蓋シールのハウジングは、コップ半分ぐらいは吸い取る汲水シートをメーカーが用意して組み込むべきだと思うが、新型はどうなのだろう。ハウジングの底部に敷き詰めるようにすればある程度の水没ならばカメラを助けることができる。これを機会に?強く提言しよう。
それ以後は、注意して、出発前にオーリングにはグリースを塗り、慎重に閉じて現場ではなるべく開けないようにしている。しかし、内臓ストロボがポップアップしなかったりすることがあり、時には開けていたが、一度懲りているので、慎重に閉めるので大丈夫だった。
今回も、そのように出がけにグリースを塗って閉めてきた。
今度の水没の原因は、よくわからないが、多分、ボートから飛び込んだ時の衝撃で、裏蓋が少しずれたのではないかと思う。西川名は、僕にとって水中カメラの墓場のようなところだ。エントリーエキジットが厳しいのだ。このような厳しい条件のところでは、あまり高価なハウジングを使うことは薦められない。プロは、カメラハウジングの取り扱いには慣れているが、それでも命を優先するから、どうしてもカメラへの注意が散漫になる。飛び込んで、水面でゆったりして、カメラを受け取りチェックするという方法が取れない。
飛び込んだ衝撃
これが最後の一枚
今回もしばらくぶりのドライスーツでの西川名で、重い12リットルタンクで余裕がなかった。
潜ってから30mほど離れたV字谷というところを目指して泳ぎ、その途中でコロダイを撮っている。これがこのカメラの最後の一枚だ。おそらく飛び込みの衝撃で蓋がちょっとずれて、少しずつ水が入っていたのだろう。ポイントを回り込んだところで、キンギョハナダイを撮ろうとしたら、シャッターが落ちない。レンズ面を下にして、下から覗き込むと水がお猪口に一杯ぐらい入っている。この時にすぐに水面に上がればレンズだけは助かったかもしれないが、みんな一緒だし、すぐ真上に船があるわけでもないし、心配させて、全員が浮上するということになるのでそのまま潜水を続け、完全水没になった。
ニコノスをはじめとして、水没を免れたが、使わなくなったカメラとハウジングが事務所にごろごろしている。大きい数百万の放送規格のカメラはすべて生き残っている。水が入ってもハウジングが大きいから、コップに一杯ぐらいならば大丈夫なのだ。
この年賀状は1986年のもので、池上のHL-79Eという当時最新鋭最高級のビデオカメラだ。年賀状に姿を残している、最後まではたらいで、まだ十分に使える状態でリタイヤして、船の科学館に寄贈している。船の科学館は休館中だからどうなるか。まさか捨てることはないだろうから、タイムカプセルに入ったようなものだ。
船の科学館はタイムカプセルになっている。100年後にカプセルが開けられたら、ハウジングはさらなるカプセルだ、まだ生きていて画像を送れると思う。
僕のメインはウエアラブルカメラのマスクマウントとポールカメラで、仕事としてのたいていの事が出来る。しかし、雑誌の表紙を引き受けているので、これがちょっと困る。
ハウジングはフィッシュアイで、2004年ごろ買ったのだと記憶している。フィルムからデジタルに代わって、最初に買った一眼レフだ。一眼レフのハウジングとしては一番コンパクトだったから買った。
在りし日の姿。去年の式根島でのタカベの撮影。このカメラはLCDで常時画像を見ているわけではなく、一眼レフのファインダーをのぞかなければならない。カメラとして当然だけれど、ファインダーを覗くと、周囲が見えなくなるので、そのことは気に入っていなかった。
すべてフォーカスを手動で動かせないため、ナイトダイビングなどでは、ライトだけで撮影できるくらいの光量のあるライトでないとフォーカスが合わない。フォーカスが合わないとシャッターが落ちない。
内蔵ストロボの光を、送ってストロボを光らせるため、二枚続けてシャッターを切ると、三枚目が撮れない。つまり連写が利かない。最高級ではない、しかも初期のデジタル一眼カメラだから仕方がないがそれでもハウジングは20万だった。
この方式での裏蓋シールのハウジングは、コップ半分ぐらいは吸い取る汲水シートをメーカーが用意して組み込むべきだと思うが、新型はどうなのだろう。ハウジングの底部に敷き詰めるようにすればある程度の水没ならばカメラを助けることができる。これを機会に?強く提言しよう。
それ以後は、注意して、出発前にオーリングにはグリースを塗り、慎重に閉じて現場ではなるべく開けないようにしている。しかし、内臓ストロボがポップアップしなかったりすることがあり、時には開けていたが、一度懲りているので、慎重に閉めるので大丈夫だった。
今回も、そのように出がけにグリースを塗って閉めてきた。
今度の水没の原因は、よくわからないが、多分、ボートから飛び込んだ時の衝撃で、裏蓋が少しずれたのではないかと思う。西川名は、僕にとって水中カメラの墓場のようなところだ。エントリーエキジットが厳しいのだ。このような厳しい条件のところでは、あまり高価なハウジングを使うことは薦められない。プロは、カメラハウジングの取り扱いには慣れているが、それでも命を優先するから、どうしてもカメラへの注意が散漫になる。飛び込んで、水面でゆったりして、カメラを受け取りチェックするという方法が取れない。
今回もしばらくぶりのドライスーツでの西川名で、重い12リットルタンクで余裕がなかった。
潜ってから30mほど離れたV字谷というところを目指して泳ぎ、その途中でコロダイを撮っている。これがこのカメラの最後の一枚だ。おそらく飛び込みの衝撃で蓋がちょっとずれて、少しずつ水が入っていたのだろう。ポイントを回り込んだところで、キンギョハナダイを撮ろうとしたら、シャッターが落ちない。レンズ面を下にして、下から覗き込むと水がお猪口に一杯ぐらい入っている。この時にすぐに水面に上がればレンズだけは助かったかもしれないが、みんな一緒だし、すぐ真上に船があるわけでもないし、心配させて、全員が浮上するということになるのでそのまま潜水を続け、完全水没になった。
ニコノスをはじめとして、水没を免れたが、使わなくなったカメラとハウジングが事務所にごろごろしている。大きい数百万の放送規格のカメラはすべて生き残っている。水が入ってもハウジングが大きいから、コップに一杯ぐらいならば大丈夫なのだ。
この年賀状は1986年のもので、池上のHL-79Eという当時最新鋭最高級のビデオカメラだ。年賀状に姿を残している、最後まではたらいで、まだ十分に使える状態でリタイヤして、船の科学館に寄贈している。船の科学館は休館中だからどうなるか。まさか捨てることはないだろうから、タイムカプセルに入ったようなものだ。
船の科学館はタイムカプセルになっている。100年後にカプセルが開けられたら、ハウジングはさらなるカプセルだ、まだ生きていて画像を送れると思う。
僕のメインはウエアラブルカメラのマスクマウントとポールカメラで、仕事としてのたいていの事が出来る。しかし、雑誌の表紙を引き受けているので、これがちょっと困る。