このところ、第一回目の潜水では、6m方形の巨大FP魚礁(FPとはメーカーの付けた名称)10個枕設の魚礁を一回目に、二回目でドリームというパターンを固定させている。季節変化をみるならば、同じ場所に繰り返し入らなければ意味がない、つまり、定点にするわけだ。 比較になる二つの定点として、6mFPとドリームは、やりやすい。もう一つ、30mの鋼鉄人工魚礁も加えたいが、一日に2本の潜水なのだから出来ない。無理をして3本にすれば、減圧症のもと、原因になる。若くはないのだ。 ウエイトをなおして、二段重ね6m魚礁の下の段に行く。オオモンハタが居るはずなのだが、上から見下ろしたときに、ちらっと、黒い、らしい姿が、1尾見えたが、確認できていない。 下の段の海底、底の部分を一巡りしたが、オオモンハタは居ない。めぼしい魚はいない。 バランスが悪くて、すぐに転けそうになってしまう。ウエイトのバランスを直さなくては、と思うが、お台場でとるバランスと波左間とでは違う。でもとにかく、次のお台場でやっておこう。 陸上でもヨロヨロ歩くのだから水中でよろけても仕方ないのかと思うが、困ったものだ。少しレッグウエイトが重すぎる感じ。午後はレッグを外そう。
上の段に上がろうと、上を見上げると、下の段の天井、魚礁を重ねた中心部あたりに、メバルが群れている。いい感じなので、Olympus TG4のシャッターを切るのだが、上を見上げた静止がうまくできない。驚異のバランスと自讃した、自讃だけど、昔のバランスは今いずこ。メンバーがほとんど来ない、時間帯だろうと予想できる辰巳プールを借りて練習しようか?中川は感心に、時間があれば辰巳に来てくれて、バランスの練習をしている。 とにかくメバルは、ファインダーの中では美しく見える 人工魚礁の調査だから、別に良い写真は撮れなくても良いのだとは思いつつ、やはり良い写真が撮りたい。これは本能のようなものか。 魚礁の重なり合うセンターの隙間にイセエビがいる。狭い隙間だが、荒川さんの言うには、6尾だという。髭だけなので、絵にはならないのだけれど。毎度撮っておく。居ることの証明なのだ。イセエビの常で、いつか居なくなり、また戻ってくるのだろう。そのいつかを調べておきたい。 イセエビのいる重なりの外側に、大型のカサゴが、これは、目と鼻の先まで寄れた。カサゴは、何時もいるのだが、こんなにおおきいのは、始めてみる。オオモンハタの代わりにカサゴがでてきた?
ウツボが道を横切って通り抜けた。このごろなじみになったクロホシフエダイが海底近くにいないか、探したがいない。 いったん外にでて、中段にあがる。 中段、つまり二階を縦断する。縞のあるイシダイ、同じくらいの大きさのイシガキダイ、イシダイとイシガキダイは、このおおきさくらいまでしかこの魚礁には住み着かないのか?大きいイシダイは、ダイバーが入っていくと外に逃げてしまう。この大きさのイシダイは、外に逃げ出さないでいる。 今回は、カサゴが目立った。メバルは、10尾くらいの群れがいくつも、ひっそりといる。オオモンハタはやはり多い。オオモンハタには、慣れてしまった。今回目立ったのはウツボだ。やたらといる感じがする。まだ、魚類の観測表はつくっていないので、ただの印象だが。
上段もいつも通りだが、トサカが美しいと感じない。潮時のポリプの開き加減なのだろう。 身体のバランスはやはり悪い。ドライの中で空気が動くと、もがかないと元に戻らない。魚礁の中だから良いけれど、これでは、中層に浮いて魚群をねらうことなどちょっと怖い。 そういえば、魚礁の外で、ミギマキの数十尾の群が荒川さんが撮影している。そうか、ミギマキは魚礁の中では単体、外に群れる魚なのか。以前に、0。8m角の魚礁でミギマキの7ー8尾の群を撮ったことがある。 ターンプレッシャーの80になったので、バディの佐藤允昭くんを探す。バディといっても、並んでいるわけのものではない。このように、上がるときとか、に探せば、すぐに見つかるということで、魚礁のように限られた空間ならば、お互いに気にかけていれば、このようにすぐに目に入る。 ロープにつかまって浮上を始めたら、荒川さんが来て、そのロープではないと、別の方向を指さす。そういえばそうだ。降りたロープから、逆側から入り、縦に抜けて、縦に戻りそのままその周辺にいた。 二回目の潜水 ①目的:タイトル 人工魚礁研究会 ③場所 波左間 ④スポット ドリーム ⑤天候 快晴 ⑥風 ⑦水温 17度℃ ⑧透視度 20m インターバル 95分 ⑨潜水開始 1230 潜水時間 35 分 ターンプレッシャー 80 ⑩最大水深 23、3 m ⑪潜水終了 1305 ⑫インターバル プラン ⑬チーム 須賀 山本徹 佐藤 高野増井 ユニット ⑭バディ 佐藤允昭 二本目のダイビングを終了して、食事をごちそうになる。毎度食事をごちそうになっている。これはダイビング料金外つまり本当のごちそうになっている。長い長い、つきあいのおかげだが、ありがたいことで、ここでしかおいしい魚を食べることが僕にはない。 ブリの刺身とカマを焼いたもので、豪華だ。 食べ終わってから、ぼくは海の世界1972年 2月号のコピーを出した。最近、荒川さんは1960年代の、久里浜沖の早丸の財宝探索とシンガポールを基地にした南の海の冒険的サルベージの記録、正真正銘のノンフィクションをだした。この本になった原稿、僕もあずかっていたので、そのうちにと思っているうちに、鷲尾君が出してしまった。僕がやろうとすると、もう少し、現代、現在の取材などするだろうし、そのために停滞していたのだが、完成された原稿だったから、鷲尾君の方が手早くてよかったと思う。ストレートで、文章としてもスタイルになっていて、とても良い。
72年の「海の世界」この早丸財宝引き上げ関係者の対談の記事で関係者の写真が載っている。財宝の引き上げは秘密裏に行われることが常だから、こんな写真が雑誌に載るようなことは、希有のことである。荒川さんは懐かしがると思ったのだが、この人たちのことを知らないという。荒川さんの書いた本は1967年のこと、海の世界の記事は1972年5年の月日が離れているが、このようなプロジェクトで5年など、瞬きする間なのに。謎がもう一つ増えた。 ところで、3兆6千億円とは、想像を絶した金額。国家の予算規模の話である。 それから。ここに書けない、財宝探索の秘密の話をして、盛り上がった。