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Channel: スガジロウのダイビング 「どこまでも潜る 」
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1122 ワークショップ  三保仁先生の「セノーテの魅力」

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 セノーテ、メキシコ語である。日本語にして、泉、池、洞窟、強いて言えば洞窟だが、洞窟とも言いきれない。ただの池でも泉でもない。地形になっている地下水脈とでも言おうか、世界ではこの前のタイの少年救出の舞台とか、日本の龍泉洞などもこれに類するのだろうが、それらの中で一番美しいもの、とでも、言えば良いのだろうが、そのセノーテのすべてを、1時間20分、大スクリーンで見せてもらった。 古石場、文化会館などという、不便なところ、門前仲町に事務所がある僕には便利だが、皆様には不便なところを会場に選んだのは、映写効果が良いからだ。
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  僕にとって、三保先生は耳鼻咽喉科の先生として、成功された方で最新ダイビング用語辞典は耳の専門医としての執筆をお願いしている。それなのに、なぜ、メキシコに移住してしまうのか。これまででも、年に何度もメキシコに行かれて、半端ではない、セノーテのすべてを撮影するほど通われているのに、その上に、なぜ移住までするのだと言う疑問があった。  これは、自分の勝手な解釈かとも思うが多分当たっているだろう。 三保先生は、医者がダイビングをやっているのではなくて、ダイバーであって、ダイバーが医者をやっていたのだ。ダイバーならば、僕の方が先輩だから、三保君がメキシコに移住してセノーテを潜る。自然にかんじられる。 ダイバーが医者をやっているという医者も、日本では他に何人かだろう。その医者がいなくなってしまうことは、痛手だが、それは仕方がない。 
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            懇親会にて、三保先生と、日本洞窟の後藤聡さん
 自分と水中の洞窟のかかわりは、1982年にNHKの番組撮影で岩手県の龍泉洞に潜ったが、飛び込んで、自分の持つライトで、周囲を見回したとたんに人生観が変わったと思うほどの衝撃をうけた。が、僕の場合、それ以後、いろいろ努力はしたが、龍泉洞に入ることはできなかった。心残りである。鍾乳洞というのは、それほどの魅力がある。その龍泉洞が、いっぱい、方々にあるのが三保先生の移住するメキシコのカンクンだ。  いま、辰巳のプールに、月に三回ていど潜っているが、これが僕の生き甲斐の一つである。その辰巳プールのようにセノーテに潜れてしまう。僕がダイビングをやめないのは、ダイバーがダイビングをやっているからであり、他の職業をしていて、人生の終わりに余裕ができれば、ダイビングだけをやることにするだろう。そのダイビングが、セノーテであり、セノーテはメキシコにある。 高齢になり、人をうらやむと辛くなるので、なるべくうらやまず、自分のできること、羽左間と、お台場に月例でもぐることで、83歳としてはよし、としているが、三保先生の引退、移住はうらやましいと思う。 その伏線として、C型肝炎で余命が60歳までと言われていて、それが新薬で治療できて、命を拾ったとすれば、そして、ダイバーであれば、納得できる。 僕が余命のうちにメキシコを訪ねることなどできそうにないが、だからこし、ワークショップでこのセノーテをやり、三保先生の生き方を、なぜ、とか「どうして」ではなくうらやましく思うことができて、よかったと思う。

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