なぜ、沿岸漁業とレジャーダイビングなどに脱線しているかと言われそうだが、東京水産大学を卒業した僕にとっては脱線ではない、それが主務では生活ができない立ち位置だったから、水産の潜水調査が主務であり、その視点から、レジャーダイビング業界にかかわった。 ここしばらく、自分と、水産と、スポーツダイビングとのかかわりについて、もう一度整理して考えなおそうとしている。沿岸漁業との関わりについて、ここに来て、大きな転換期、あるいは転換を考えなければならない時がきているように感じる。その一つが、魚突きの復活であり、沿岸漁業の衰退である。 とともに、これまでのことを書きなおしておけと、方方で言われる。「ニッポン潜水グラフィティ」でも、視点はちがうけれど、書いているので、併せて読んでいただけると嬉しい。 沿岸漁業は、全国津々浦々、千差万別であり、共通項を見いだすことはとても難しい。 沿岸漁業の多くは家族単位であり、集まりあって漁業協同組合を作って、地先で行っている。 これも、農地改革と同じように、第二次大戦で日本が負け、個人、有力者による資源の独占が分解されて、漁業協同組合ができた。しかし、分解されても、農地のように個人の財産にはならない、協力しあって働く形も多いので、組合長も有力者であったり、あるいは有力者の傀儡であったりして、複雑である。 タコ壺漁
定置網漁
潜水と関係の深い定置網とか追い込み網は、親方、網元などその地域の有力者が経営している。小資本による経営体であるが、組合自体が経営体になる形も多い。 ダイビングサービスの運営なども、一種の漁業権的に扱われる。それが試行錯誤的に、津々浦々それぞれに解決されてきた。他の多くの漁が、漁業法で漁業として農林水産省の指導、ルールによって、解決されてきたが、ダイビング対沿岸漁業の対立はノールールである。定置網漁業は定置漁業権として、権利が確定しているが、ダイビングサービス権などはない。 共同漁業権という、家族単位の漁業者が組合を作って漁業を行う権利を設定しているところに、全く新しいレジャーダイビングと言う行動が、漁業者から見れば空から降ってきた。ダイビング側から見れば強行着陸した。 そのことの歴史、成り行きを考えないと、レクリエーショナルダイビングと沿岸漁業の現況とこれからを見ることはできない。 なお、ここから書こうとしていることは自分と言う個人、せまい視野からみたものであり、一般論ではない。しかし、狭い視野の議論がやがて、一般論になり、ルールになっていくと言う過程が社会である、とも言える。 さて、視点を巡らせて、スクーバダイビングの歴史は、沿岸漁業との葛藤の歴史でもある。 定置網とか追い込み網の漁業とかの経営体ではなくて、家族的な漁業、潜水漁業とか、釣り漁業とかとの争い、葛藤である。さらに問題を複雑にしているのは、海は誰のものであるかと言う議論があった。海は漁業者が漁業をできるという漁業権のほかに、地域そのものが海を利用できる権利、地先権という考え方も持ち込まれた。 そんなことをここから述べて行こうとしている。 1950年代、ダイバーの敵は、同じく潜水をする潜水漁業者、海士、海女であった。 1950年代、レジャーダイバーと海女ちゃんは、 同じ漁獲対象を、立場を変えて追うわけだから、敵である。ちなみに、僕は海女ちゃんなどという概念は好きになれないが、それは、潜水漁業者との深く?長いつき合いがあるからである。 話を先に進ませる前に、もう少し、沿岸漁業について、補強しよう。「沿岸漁業とは、日本の沿岸、大陸棚で行われる漁業」と定義するのが自然でありわかりやすい。日本国民は大体そんな風に考えているのではないだろうか。しかし、国が司ろうとすると、定義ができてくる。漁業を沿岸漁業、沖合い漁業、遠洋漁業、養殖業、遊漁 にわけて、水産庁が司る。遊漁はあとから付け加えられたもので、このことについては別にのべる。沿岸漁業と沖合い漁業の区別はかなりとってつけたような感じでもあり、強いてわけなくてもよいのではないか、と思ったりする。 沿岸漁業の区域は、日帰りできる範囲で、規模は漁家、家族単位が多い。使う船は10トン未満程度である。なお、すべての漁業は免許制である。 沖合漁業は、10トンから100トン程度の船をつかい、主に小資本の経営体で行われる。数日にまたがる航海をするが、漁場は日本が専管する区域である。 遠洋漁業は、無制限に大海原を何処までも漁獲を追っていくが、世界情勢は厳しく、漁業は遠洋から沖合に、沿岸にという趨勢で指導されて来ている。 定置網漁業は、経営体は大きくなるが、やはり沿岸であることはまちがいない。
潜水と関係の深い定置網とか追い込み網は、親方、網元などその地域の有力者が経営している。小資本による経営体であるが、組合自体が経営体になる形も多い。 ダイビングサービスの運営なども、一種の漁業権的に扱われる。それが試行錯誤的に、津々浦々それぞれに解決されてきた。他の多くの漁が、漁業法で漁業として農林水産省の指導、ルールによって、解決されてきたが、ダイビング対沿岸漁業の対立はノールールである。定置網漁業は定置漁業権として、権利が確定しているが、ダイビングサービス権などはない。 共同漁業権という、家族単位の漁業者が組合を作って漁業を行う権利を設定しているところに、全く新しいレジャーダイビングと言う行動が、漁業者から見れば空から降ってきた。ダイビング側から見れば強行着陸した。 そのことの歴史、成り行きを考えないと、レクリエーショナルダイビングと沿岸漁業の現況とこれからを見ることはできない。 なお、ここから書こうとしていることは自分と言う個人、せまい視野からみたものであり、一般論ではない。しかし、狭い視野の議論がやがて、一般論になり、ルールになっていくと言う過程が社会である、とも言える。 さて、視点を巡らせて、スクーバダイビングの歴史は、沿岸漁業との葛藤の歴史でもある。 定置網とか追い込み網の漁業とかの経営体ではなくて、家族的な漁業、潜水漁業とか、釣り漁業とかとの争い、葛藤である。さらに問題を複雑にしているのは、海は誰のものであるかと言う議論があった。海は漁業者が漁業をできるという漁業権のほかに、地域そのものが海を利用できる権利、地先権という考え方も持ち込まれた。 そんなことをここから述べて行こうとしている。 1950年代、ダイバーの敵は、同じく潜水をする潜水漁業者、海士、海女であった。 1950年代、レジャーダイバーと海女ちゃんは、 同じ漁獲対象を、立場を変えて追うわけだから、敵である。ちなみに、僕は海女ちゃんなどという概念は好きになれないが、それは、潜水漁業者との深く?長いつき合いがあるからである。 話を先に進ませる前に、もう少し、沿岸漁業について、補強しよう。「沿岸漁業とは、日本の沿岸、大陸棚で行われる漁業」と定義するのが自然でありわかりやすい。日本国民は大体そんな風に考えているのではないだろうか。しかし、国が司ろうとすると、定義ができてくる。漁業を沿岸漁業、沖合い漁業、遠洋漁業、養殖業、遊漁 にわけて、水産庁が司る。遊漁はあとから付け加えられたもので、このことについては別にのべる。沿岸漁業と沖合い漁業の区別はかなりとってつけたような感じでもあり、強いてわけなくてもよいのではないか、と思ったりする。 沿岸漁業の区域は、日帰りできる範囲で、規模は漁家、家族単位が多い。使う船は10トン未満程度である。なお、すべての漁業は免許制である。 沖合漁業は、10トンから100トン程度の船をつかい、主に小資本の経営体で行われる。数日にまたがる航海をするが、漁場は日本が専管する区域である。 遠洋漁業は、無制限に大海原を何処までも漁獲を追っていくが、世界情勢は厳しく、漁業は遠洋から沖合に、沿岸にという趨勢で指導されて来ている。 定置網漁業は、経営体は大きくなるが、やはり沿岸であることはまちがいない。