インターバルで机の上にカメラを置いておくと。。
潜水士に関する企画を一緒にやっている、北海道札幌のダイビングショップ・ポセイドンマネージャーの工藤さん、そして、日本アクアラングの畠中さんと、2月7日の一日を同行し、打ち合わせ、及び、この業界について、また水中科学協会の活動について、さまざま話し合った。
ここに書いたことは、二人と話しながら、僕の頭に浮かんだことで、話した内容とは限らない。親しい友達と話していると、一人で考えている時とは別に思いついたり、考えついたりすることが多々ある。だから、書いてあることは、僕が話しかけ、そうですね。と同意したところで、頭のなかでは同意していないこと、もしかしたら、正反対のことを考えていたかもしれない。反対のことを思っても、口に出さないで、そのへんのバランスをとることなど、東洋人では、当たり前のようにある。
この業界、どうなるのだろう。どこに行くのだろう。
テクニカルダイビング、特にリブリーザー関連について、この10年先まで見た場合、一般化するものでもないと思うが、一般化の方向にベクトルが働いた場合、ダイビングフアンの中間層が抜け出てしまって、高度なテクニカルダイバーとC-カードをとって、2年でやめてゆくダイバーの二層化が進む可能性がある。それがダイビングショップとメーカーにとって、プラスになるかマイナスになるかわからないけれど、更に二層化が進むのだと思う。
小田原セミナーでの田原君の話、面白かったし、同感するところ、というか、僕のいつか来た道、のような気もするが、
マニュアル化について。
マニュアルと呼んでも一つではない。僕が必須というマニュアルは、手順書、段取り、安全確保仕様書であり、自分のために、自分で考えた道具である。少し広げてもローカルルール、漂流しないためのパラオのマニュアルのようなものである。
また、教育マニュアルとして、インストラクター全員が遵守、縛られる、マニュアルもある。質の均一化という意味では必要なのだろうが、すべてのダイビング活動、指導が、すべてのステージでマニュアルに縛られてしまうと、僕のような人、もしかしたら、田原くんのような人には気に入らない。僕自身としては、別に反対はしない、C-カードから、インストラクターになるまで、生涯学習として、階段がつけられていることに反対する必要はどこにもない。ただ、自分はちがうけれど、夢と冒険を追って生きてきた、僕たちの時代について、今の人達が、羨ましいと思えば、生涯学習の方向を少し進路転換すればいい。
これまで、僕の撮影などの、アシスタントを努めてくれた人はNAUIのインストラクターが多い。残りは、全日本潜水連盟ルートで全国ネットワークがあったので、それでやってきた。PADIは、商売熱心なので、僕と遊んでくれなかったのかもしれない。
また、1970年代日本潜水会と田口哲くんが中心になっていた時代のNAUIが相互乗り入れをしようとしていたこともある。やがて、NAUIもPADI化して、その時にスピンアウトしたのがJCUE だと理解していたが、それも怪しくなってきた。
現時点でも、これまでは、NAUIはPADIに比べて、先にのべた、団体の規則としてインストラクターが縛られるマニュアル化は、緩かったのだが、今後どうなるのだろう。
JAUSもPADI、NAUIと等間隔で付き合っているが、NAUIの行方は気になる。
JAUSとしては、その活動をリサーチ(撮影を道具にした)を目標にして進みたい。之によって、スポーツダイバーとサイエンスダイビングがクロスオーバーできるし、環境活動にも、貢献できる。100人ほどのメンバーで力を合わせて、先頭に立つ気持ちになれば、フォローしてくれるダイバーも増えてくれるだろう。僕の目が黒いうちに増やす力を付けたいのだが、道は険しい。「何をしていたかの途上」になってしまうかもしれない。
目標としてのリサーチに高気圧作業安全衛生規則は、重い関わりがある。それをどのようにして行くか、企画化していくかが、工藤くんとの話し合いの大きな部分だった。工藤くんもこの部分について、ブログを書かれているが、よくまとまっていて、小田原セミナーの講義よりもわかりやすい。