今日(1月25日)のお台場潜水のこと、ブログに書いてしまいたいけれど、やはり疲れていて、最後まで書けそうにない。お台場にせよ、潜水すると、頭のなかに沢山の考え、思いが浮かんできて、書きたいことが多い。これで、一夜寝てしまうと、その大半が薄れてしまって、そして次のことが出てくる。
できるところまで行って、あとは次に続くとしよう。
80歳になった。そのことについては、朝、ブログを書いてだした。
海洋大学潜水部の現役学生2人が来るので、機材が多い。ドライスーツを2着、それに合わせるウエイト、ドライで履けるフィンも持っていないことが予想できるから持ってゆこう。フードもないのではないか。それやこれやで、ワゴンタイプの古いアベニールは、満杯になる。鈴木敏久君が居なければ、僕ではうまく積み込めない。彼は僕のアシスタント全般だが、こんどJAUSの事務局長にもなってもらった。
何も居ない海
いい天気。でも冷たいだろう。しかし、冷たければ爽快だ。このごろ、なにかとウジウジして爽快感がない。今日のメンバーは、東邦大の風呂田一族、が多留さんと風呂田さんの二人、風呂田先生は元教授で、東京湾の生物研究のパイオニアであり、むかしむかしはNAUIの理事長をやっていたことがある。尾島さん家族が今日は奥さんと二人、尾島さんは歯科医だが、ここに来るときは、環形動物分類の研究者だ。趣味の域を越えている。僕の組が、須賀と鈴木、そして清水まみ、海洋大学潜水部だが、もう博士課程に進んでいる自見君、現役2年生の江原くんと、岩田くん。6名。6+2+2で10人だ。清水まみは写真家を目指している。自見君は、環形動物の分類、尾島さんの同類だ。多留さんは、元風呂田先生の教室のドクターで、分類の研究者だ。この辺りの生き物のことならば、何でもわかる。
現役学生二人は、潜水の修行だ。僕の今日のテーマは、SJ UMOXカメラのテストだ。
このカメラは現在、1万円の最廉価ウエアラブルカメラで、前からお台場でのテストをしていて、お台場に着いては、色の再現も良いし、見られる程度にシャープだ。だから1台買い足して、2台になった。今後はお台場はSJだけで、辰巳プールはGoPro2が3台、室内で、やはり暗いので、SJは、あまりシャープに見えない。人工魚礁は総動員でAEE2台を加えて7台、それに、みんなの3台をくわえて、2月からは10台で、秋には20-30台をめざしている。台数を増やすためには、最廉価のSJを増やすことになろうとおもうので、お台場でテストを繰り返す。
どこから話をはじめようか。
海洋大学現役二人と、ドクターコースになった自見君のことから始めよう。
江原くん、岩田くんにはドライスーツを貸している。なぜか、僕が着ていた古い2着が体に合う。僕の首が太いので、ネックをベルトで締めないと浸水する。この前は江原くんが大浸水した。岩田くんは少し浸水。今日はどうだろうか。二人には、ドライスーツは浸水するもの、必ず着替えをもってくるように、と言い渡してある。
残念ながら、今日もふたりとも浸水した。しかし、この前の時ほどではない。岩田は右手の部分だけだし、江原は胸のあたりだけで、じゃぶじゃぶの浸水ではない。とにかく二人とも、水温8℃-11℃で1時間近く潜っていた。ウエットでは絶対に無理だ。こうして、ドライスーツに慣れてゆけば良い。
機材は完璧なものを貸さなくてはいけない。水が漏ったために、冷たさのショックで、心臓が停止するかもしれない。誰かが言いそうだ。しかし、それは、お金のあるお客様についてで、江原も岩田のドライスーツの浸水程度で死ぬならば、死んだほうが良い。だから死なない。姿形、気質、泳ぐ能力、一緒にフリスビーとかもやっているからわかる。
自見くんのドライスーツも、僕があげた。残っている水のもれないドライスーツをあげてしまった。しかし、彼は、環形動物の専門家になりそうで、尾島さん、多留さんと同じ言語で語り合っているし、お台場の準常連になっているから、役に立っている。少し小さめのドライスーツだったが身体にピッタリフィットしている。
言いたいことは、学生を教えてゆくのは一人ひとり、教えてゆくということだ。昔、1960年代、ダイビングを修得するのはダイビングクラブでだった。一応の初級講習を終えると、ダイビングクラブに入り、一緒に潜水しながら、コーチ、先輩の指導を受けて、上達してゆく。僕は、お台場の潜水はダイビングクラブだと思っている。鈴木敏久は、良いコーチだし、尾島さん一家も、マミも、良い先輩だ。学術的なことは、多留さんが教えてくれる。研究者が潜水修行するには、最高のクラブだと思う。手作りで研究者ダイバー、研究者でなくても若いダイバーを育てるのは、クラブ的個人指導がいい。数が増えないが、それは仕方がない。ダイビングは研究も冒険スポーツなのだ。冒険スポーツは、大量消費システムには適合しない。そこのところが、一番のジレンマであるとともに、解決のキーがある。
今日、僕の誕生日だということで、ケーキを買ってきて、潜水の休み時間にハッピーバースデーをやった。僕だけではなくて尾島さんも25日、今日で50歳、風呂田先生は昨日24日に67歳だった。3人合同で野外誕生会をやった。そのケーキを買ってきてくれた、杉原奈央子もこのクラブのOBで、現在は東京大学海洋研で研究している。奈央子は、東大農学部の博士コースの時に、二枚貝、今を話題のホンビノスガイをテーマにして、風呂田先生のところに来て、お台場に来た。
続く
できるところまで行って、あとは次に続くとしよう。
80歳になった。そのことについては、朝、ブログを書いてだした。
海洋大学潜水部の現役学生2人が来るので、機材が多い。ドライスーツを2着、それに合わせるウエイト、ドライで履けるフィンも持っていないことが予想できるから持ってゆこう。フードもないのではないか。それやこれやで、ワゴンタイプの古いアベニールは、満杯になる。鈴木敏久君が居なければ、僕ではうまく積み込めない。彼は僕のアシスタント全般だが、こんどJAUSの事務局長にもなってもらった。
何も居ない海
いい天気。でも冷たいだろう。しかし、冷たければ爽快だ。このごろ、なにかとウジウジして爽快感がない。今日のメンバーは、東邦大の風呂田一族、が多留さんと風呂田さんの二人、風呂田先生は元教授で、東京湾の生物研究のパイオニアであり、むかしむかしはNAUIの理事長をやっていたことがある。尾島さん家族が今日は奥さんと二人、尾島さんは歯科医だが、ここに来るときは、環形動物分類の研究者だ。趣味の域を越えている。僕の組が、須賀と鈴木、そして清水まみ、海洋大学潜水部だが、もう博士課程に進んでいる自見君、現役2年生の江原くんと、岩田くん。6名。6+2+2で10人だ。清水まみは写真家を目指している。自見君は、環形動物の分類、尾島さんの同類だ。多留さんは、元風呂田先生の教室のドクターで、分類の研究者だ。この辺りの生き物のことならば、何でもわかる。
現役学生二人は、潜水の修行だ。僕の今日のテーマは、SJ UMOXカメラのテストだ。
このカメラは現在、1万円の最廉価ウエアラブルカメラで、前からお台場でのテストをしていて、お台場に着いては、色の再現も良いし、見られる程度にシャープだ。だから1台買い足して、2台になった。今後はお台場はSJだけで、辰巳プールはGoPro2が3台、室内で、やはり暗いので、SJは、あまりシャープに見えない。人工魚礁は総動員でAEE2台を加えて7台、それに、みんなの3台をくわえて、2月からは10台で、秋には20-30台をめざしている。台数を増やすためには、最廉価のSJを増やすことになろうとおもうので、お台場でテストを繰り返す。
どこから話をはじめようか。
海洋大学現役二人と、ドクターコースになった自見君のことから始めよう。
江原くん、岩田くんにはドライスーツを貸している。なぜか、僕が着ていた古い2着が体に合う。僕の首が太いので、ネックをベルトで締めないと浸水する。この前は江原くんが大浸水した。岩田くんは少し浸水。今日はどうだろうか。二人には、ドライスーツは浸水するもの、必ず着替えをもってくるように、と言い渡してある。
残念ながら、今日もふたりとも浸水した。しかし、この前の時ほどではない。岩田は右手の部分だけだし、江原は胸のあたりだけで、じゃぶじゃぶの浸水ではない。とにかく二人とも、水温8℃-11℃で1時間近く潜っていた。ウエットでは絶対に無理だ。こうして、ドライスーツに慣れてゆけば良い。
機材は完璧なものを貸さなくてはいけない。水が漏ったために、冷たさのショックで、心臓が停止するかもしれない。誰かが言いそうだ。しかし、それは、お金のあるお客様についてで、江原も岩田のドライスーツの浸水程度で死ぬならば、死んだほうが良い。だから死なない。姿形、気質、泳ぐ能力、一緒にフリスビーとかもやっているからわかる。
自見くんのドライスーツも、僕があげた。残っている水のもれないドライスーツをあげてしまった。しかし、彼は、環形動物の専門家になりそうで、尾島さん、多留さんと同じ言語で語り合っているし、お台場の準常連になっているから、役に立っている。少し小さめのドライスーツだったが身体にピッタリフィットしている。
言いたいことは、学生を教えてゆくのは一人ひとり、教えてゆくということだ。昔、1960年代、ダイビングを修得するのはダイビングクラブでだった。一応の初級講習を終えると、ダイビングクラブに入り、一緒に潜水しながら、コーチ、先輩の指導を受けて、上達してゆく。僕は、お台場の潜水はダイビングクラブだと思っている。鈴木敏久は、良いコーチだし、尾島さん一家も、マミも、良い先輩だ。学術的なことは、多留さんが教えてくれる。研究者が潜水修行するには、最高のクラブだと思う。手作りで研究者ダイバー、研究者でなくても若いダイバーを育てるのは、クラブ的個人指導がいい。数が増えないが、それは仕方がない。ダイビングは研究も冒険スポーツなのだ。冒険スポーツは、大量消費システムには適合しない。そこのところが、一番のジレンマであるとともに、解決のキーがある。
今日、僕の誕生日だということで、ケーキを買ってきて、潜水の休み時間にハッピーバースデーをやった。僕だけではなくて尾島さんも25日、今日で50歳、風呂田先生は昨日24日に67歳だった。3人合同で野外誕生会をやった。そのケーキを買ってきてくれた、杉原奈央子もこのクラブのOBで、現在は東京大学海洋研で研究している。奈央子は、東大農学部の博士コースの時に、二枚貝、今を話題のホンビノスガイをテーマにして、風呂田先生のところに来て、お台場に来た。
続く