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Channel: スガジロウのダイビング 「どこまでも潜る 」
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0602 お台場調査ログ

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ブログはログ、記録と書こうとしている本の下書きのつもり。コロナで自粛だから、自分のログは(ダイビング)だから、あまり大っぴらにできない。なので、ログはあまり書いていない。しかし、ログがないと後で困る、
 そろそろログを書こうとするのだが、
 目下のところ腰痛である。タンクを背負うのが辛い。日本水中科学協会のメンバーだから、手助けしてくれる。僕がエントリーする手助けが2名必要である。情けないことだが、やむを得ない。
水中にエントリー、進水してしまえば、エキジットまでの航海は問題ない。
 
 オリンピックのおかげで、お台場に潜れなくなっていた。お台場でトライアスロン競技をやるために、海浜公園を一大改造する。その工事のために中に入れない。一方で港湾局は、お台場を含めた海浜公園の環境の保全、生物が生きる環境の保全と向上に熱意を持ち、様々な試みをしている。僕たちのこれまでの活動の方向と合致している。
 これまでの成果をアッピールして認めてもらい、お台場をはじめとする東京港の海浜公園の生き物調査を支援していただき、こちらからは資料を提供する態勢を作り、固めて行きたい。
 個人的なことだが、自分に残された時間は、わずかである。その間にできるだけのことをしたい。
 これまで23年間、お台場で、調査という名目のダイビング活動を続けてきて、調査報告書も4回出していて、特に最新の2017年版は、お台場という場所の生き物環境をアッピールする資料として、成果がある価値のあるものだったと思う。
 自分たちとしても更に向上し、さらに貢献できる形を作り継続して行きたい。
 お台場と言う環境でこれまでやってきたことは、東邦大学の東京湾生態系リサーチセンターが、調査研究を行いそれを日本水中科学協会がバックアップと称して遊びのダイビングをやってきた。遊びというと価値のない物のように聞こえるが、そんなことはない。今日ダイビング業界と呼ばれているものの90%(適当な数字、だが、ほとんどすべて、という意味)は、遊びのサポートであり、遊び・レクリェーションが社会の活力を作り出していると共に、大きな産業になっている。
 その遊びと調査研究を結びつけて行こうとするのが、日本水中科学協会のコンセプトの柱の一つである。
 調査研究と、ひとかたまりに表現した。密接なものだが、分けて考えると、調査とは、現状、現在ある姿を調べ記録する。すなわち、「どうなっているか」である。それが、なぜそうなっているか原因を追求すると研究になる。どうなっているかの原因を類推して発言することまでは、調査の分類に入るが、それを確認するのは研究である。はっきりと線引きできるものでもないが、そういうコンセプトで、自分はこれまで、およそ60余年調査を仕事にしてきた。
 仕事、すなわちプロの目から見て、お台場の調査は遊びであった。プロの仕事の眼で、いくつかの試みはしたが、好きなだけの遊びであった。遊びではあったが、プロの視点からの遊びであり、それなりの調査にはなっていたので、その部分を認められて、港湾局への協力、資料提供を条件として、調査(費用請求が発生していないので遊びではあるが)ができることになった。
 これまでやってきた自分の遊び調査とこれからの調査の違いは、記録性の向上である。記録とは、場所(位置)の特定、時系列(それが何時おこったのか)を特定した記録である。僕の場合その成果品は映像である。
 映像から遡っていくと、それが、何時どこで、どの位置で撮られたものであるか、記録されていないと調査成果としての価値が低い。
 そんなことを、なぜ、この期に及んで書いているかと言うと、現在執筆中の「リサーチ・ダイビング」にこの調査について発表掲載しようとしているから、である。
 さて、お台場でおこなわれている研究の方であるが、多留さん(東邦大学)尾島さん(お台場潜水の世話役としての、僕の後任)がやっている底棲生物の分類、風呂田先生のホンビノス研究、東大でドクターを取った杉原奈保子もお台場のホンビノスを研究している。おなじく、東京理科大で最近 ドクターになった科学未来館の三橋千沙もお台場でのアオサ研究がきっかけになっている。二人とも僕の弟子(ダイビングに関してだけの)である。海洋大学後輩の自見君は、先日、お台場で多毛類の新種を発見、発表して、話題になった。同じく海洋大学後輩の依田君は、東大大学院に進んだが、なにか、お台場の生き物(硫黄バクテリア?)の研究で学位を取ってくれないか、と願っている。
 これで、とりあえずお台場での調査研究のこれまで、についての説明は段落をつけて、今後の調査だが、港湾局に提案しているのは、①生き物調査 ②ライン調査である。
①生き物調査は、何が(種類)何処に(大体のエリアでよい)いたかを映像でチェックする。数と大きさは、映像から見てとれる。撮影は動画でも静止画でもいいが、報告は静止画を写真帳の形にする。写真帳は、PC上のファイルにする。②ライン調査は、100mの巻き尺を引き、巻き尺の上を、巻き尺が写っている状態で移動撮影する。これは、動画撮影になる。ライン調査の目標は、生き物、地質(砂地、ヘドロ、細かい粒 貝殻 ゴミなど)の広がり、を撮影する。目立った変化、あるいは、目立った生き物が撮影された場合には、その位置の、巻き尺を読み取る(映しとっておく)。ラインを外れた場所であっても、必要と思われることがあれば、撮影しておき、ラインのどちらがわか、ラインとの距離などがあとでわかるように撮影しておく。
 これらについて、機材と方法がきまったら、手順をマニュアル化しておき、かかわる者がなるべく同じ方法で撮影できるようにしておく。撮影の上手下手は問題ではない。何が撮れているか確認できれば良い。
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 5月31日
 この日は、僕が別の調査で東京にいないかもしれないので、月一のところを月に2回として、5月31日と、6月7日の二回を調査日として申請した。
 幸か不幸か、別の調査は、コロナパンデミックの現在、参加人数が制限されることから、フィジカルなアシストを必要とする、僕よりも、若い人が行った方がいいと判断して、行くことをあきらめ、お台場を行うことにした。
 お台場は、オリンピック工事もストップしているし、都民の入場も許可されていないので、僕たちだけ、専用使用の状態になった。
 調査参加者は、研究者として風呂田、多留 三ツ橋、尾島、尾島さんは全体のアレンジャーでもある。調査の方は、尾島さんの奥さん、ぼくは尾島ママと呼んでいるが、生き物、魚やカニを探す能力は僕の数倍ある。高齢の僕は、高齢ゆえの視界狭窄、運動能力の欠如が、成績を悪くしているものであり、若いころだったら負けなかっただろうと、負け惜しみを言っているが、とにかく負けている。しかし、問題は尾島ママは、見たと口で言っているだけであり客観的な証拠がない。彼女の驚異的な捜索能力を映像にしなくてはならない。しかし、彼女はカメラを持ちたがらない。絵は素晴らしく上手なのだ。得てしてそういうものなので、彼女にカメラを持たせ、なんとか撮影できるようにするのが現今の急務だ。

 ウエアラブルカメラをスチル撮影で使うことを考えた。これを手にぶら下げておいて、魚とか、何かを見たらカメラを突き出すように向けてシャッターを切る。スイッチを入れっぱなしにしても、2時間は持つ。
 カメラは3台用意したので、三ツ橋と奥村君にももってもらった。
 さて、僕のライン調査 2本のラインを予定している。そのうちのやりやすい方、ベースから、近い方に、山本さん、小林さんに手伝ってもらって、まずラインA を引いてもらって、準備が出来てから、僕がエントリーすることにしてもらった。
 当初の予定では、ゴムボートでラインを引く、引ける予定立ったが、やってみると、風に流されて、ゴムボートは、まっすぐに進めない。潜り、泳いで引くことにしたと言うこと。山本さんは、いつも、ケーブ潜水用の細いラインを引く練習をしているのだが、僕のシステムでは、巻き尺の数字を撮りながら進んでいくので、巻き尺が必須である。
 
 ところで、僕は腰が痛い。タンクを自分だけで、背負う練習をしていて、傷めたらしい。
 情けない話だ。65歳までは、12リットルをオーバーヘッドで背負えた。それから、20年、85歳の今、9リットルを、肩を入れて背負おうとして、腰を傷めた。泣いてもだめだ。老いた身体をだましだまし使っていく他ないのだ。
 小林さん、尾島さんに支えてもらって、這ってエントリーした。エントリー直後バランスが悪くて転がる。ドライの足に空気が廻っているからだ。
 何とか安定させて、ラインを撮影するような形で進んでいく。岸近くでの透視度は20cmもない。
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 底質を確認しながら、進んで行くと、30 m地点でクロダイが眠っていた。ちょっとさわったら、猛然と逃げていった。少し行くと、今度は、ツバクロエイの身体の一部?クロダイに触った反省から、触らなかったが、逆だったか?100mまで、行ったのに、覆砂らしき地形に出会わない。どうしたことだろう。
 そして、この季節になれば、硫化水素が発生して、硫黄細菌がはびこるのに、それがない。
 ホンビノスが、70m点まであった。お台場の海底全域にホンビノスが居るのではないか?
 これまで、この地点まで出張ったことがない。隅っこで遠慮していた。
 
 腰が痛いので、一本で終わりにしようかと思ったが、残圧が100ある。覆砂が見られていない。調査の目標は覆砂である。場所を右に、北に移して、今度は自分でラインを引きながら、潜って行くつもりでエントリーした。腰の痛みで、かなり苦労だった。
 とにかく、視界ゼロに近い。
お台場では、自分の居る位置を示すブイを曳航しているのだが、そのブイと巻き尺ラインが絡んでしまった。視界ゼロだからほどくことが難儀だ。格闘しているうちに右足のフィンが脱げて流れてしまった。これも探すことは絶望だ。即、引き返すことにしたが、ドライスーツで、片足、巻き尺と曳航ブイがからだに絡んでいる。カメラも手にしている。救助が必要か?
 何とか、背の立つところまで戻り、丁度エントリーしようとしてきた山本さんに手伝ってもらってエキジットした。結局覆砂は確認できずにおわった。
 
 尾島ママの撮影、午前はカメラミス、午後はあまりの濁りで真っ暗。それでも、三人のカメラにマハゼの5ー6月サイズ、5ー6cmが写っている。すれ違いに出て行った山本さんもマハゼを多く見ている。
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 ラインの上でも、小さいサイズのマハゼが砂煙りをあげて逃げるのをチェックした、かなりの数である。
 今年度は、お台場海底全域にマハゼが見られる。
 
 次回は6月7日、僕は、今日確認できなかった覆砂の状況をこのポイントでと思ったが、尾島さんはどうしても、対岸に行きたい。考えて見れば、一般開放したら、対岸は行かれなくなる可能性もある。
 ラインBをやろう。


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