落ち葉が風に舞い上がる。晴れているからそんなに寒くはない。海豚倶楽部の練習、太陽がプールに射し込んでいる。今頃の季節の9時から10時半ぐらいまで、射し込む。フィンが作り出す泡が光り輝く。真珠ともちがうし、ダイヤモンド、宝石の類では、空気の珠は例えられない。もちろん写真を撮っても、動画でも再現できない。アイマックスだったら、どうだろう。
浦安オリエンタルホテルで倶楽部の忘年会、僕は、オリエンタルホテルのバイキングが好きだ。僕の身の丈にあった味がして、何でもある。このバイキングの忘年会がこれまで回数が多い。その他、屋形船も2回、スパ、温泉も1回か。倶楽部を作ってからたしか16年かな。毎年忘年会をやっている。
バイキングで満足なのだけれど、今日はカラオケだという。カラオケをやらなければ、気がすまない人が何人か。バイキングではカラオケができない。今日は、カラオケ一筋のカラオケルームだ。バイキングの前を素通りして、カラオケルームに、僕は耳が聞こえないから、カラオケは得意ではない。
処々方々で人間関係のいろいろがある。もう後何年の命なのだから、クールでなければいけないと自分に言い聞かせて生きている。海豚倶楽部は、そんな苦労は無くて、ただ大事にしてもらっている。
何が良かったかと言えば、僕が会長ではないことが良かった。僕が教えた人たちの集いから始まって、つくったのだから、僕が会長で当たり前なのだが、会長になるというのはあまり好きではないし、創立のときに倶楽部を仕切ってくれた有◯さんが頭の良い、何かマネージャーをやっていた人で、みんなで交代で会長、及び役員を決める制度を作ってくれた。もちろん、再選も良いのだが、だいたいにおいて、ベテラン、新しい人が交互に会長、役員になるのが慣例になっている。
だから、ほぼ全員が役員経験者になる。会長ではない僕がいることで、バランスがとれているのだろう。とにかく、僕が楽しければ、みんなも楽しいのだろうと思い込んでいる。僕が死ぬまで、これで行けるだろう。今年は楽しかった。来年も楽しくありたい。 で、耳が聞こえづらくても、カラオケは付き合わなければいけない。「パラオ恋しや」を覚えた。これが曲目に入っていれば、歌おう。さすがカラオケ専門ルームだ。入っていた。歌わなくてはならない。「島で暮らすなら、ダイバ船にお乗り」という歌で、昭和12年、岡晴夫のヒット曲だ。ユーチューブで練習した。この曲についても、書くことがあるが、それはいずれ。
調子の良い手拍子で歌える曲だから、ダイバーの歌に良いだろう。
それと、カラオケで、盛り上げ役の前会長、彼女がこの忘年会までの会長だったので、カラオケルームになった佐々木さんとのデュエットも義務づけられているようなので、石原裕次郎になる。
去年、2015年の遠足で、彼女のゴムのサンダルが、伊豆大島だったのだが、プールサイドにぽつんと忘れ去られたようにあって、鮮やかなオレンジ色のサンダルだったのだが、僕がそれを履いてみた。Aさんが「そのまま履いていなさい」というので、そのまま履いて東京にもどり、今年の夏には、ダイバーバッグに入れている。