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Channel: スガジロウのダイビング 「どこまでも潜る 」
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0214 2006年のブログから

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  2005年から、ようやく2008年までの整理をした。
 いまのブログとずいぶんちがう。その2005年から2009年までは、写真をこのエキサイトブログにしていて、文章のほうは楽天ブログに分けていた。
だからということでもないが、その頃の方が写真を真面目に撮っていた。撮影の研究などもエキサイトの方には随分のせている。
 楽天の方には面白い、もう一度書き直して、あるいは書き直さないでそのまま、いま、このブログになると思うテーマがたくさんある。
 とともに、10年前と今の違いが、わかって、複雑な気持ちになる。高齢化というのは残念なことに下り坂といことだから、下ってしまった部分も多い。
 ブログについていうと、まとめて、シリーズのようにした方がよいのか、徒然なるままに書いて行った方がよいのか、いつも迷っているけれど、古いブログから移そうとおもうようなものは、一つの意志のもとに書き込んで行ったものが多い。
 そして、明らかに昔と変わったことは、フェイスブックも始めたことだ。
 フェイスブックは、連絡用と、コミニュケーションの道具で、ブログは、考えたこと、あるいは考えていることを、下書き的にかいている。下書きでは、自分の無知、考えのなさをさらけ出しているようで、これでよいのかと思うのだが、古いものからコピーして整理していくと、これはこれでよいと思うほかない。
2006年から7年、「リサーチダイビング入門」というシリーズで書いた部分は、その後、ニッポン潜水グラフィティの下敷きになった。豊潮丸航海記、お台場の記録、そしてトピックスの4つに分類にした。自分で言うのもおこがましいか、2008年までの分では、トピックスがとても良い。繋げてリライトすれば、本になるとおもう。本にすると売るのに苦労するので、こんな軽い気持ちでは本にできない。ポツンポツンとフェイスブックや、今のブログで紹介して行こうと思う。

 これは、今の話だが、2月21日の早朝、5時からの「はい、テレビ朝日です。」が僕の番組になる。録画するか早起きするかしてください。その番組のプロデユーサー、上野さんが、まだテレビ朝日に入社した頃に作った作品のことを書いたものが出てきた。
望月君のことだ。 リライトしていない。

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 以下、
 「望月君 」
Oct 15, 2006
 クジラ発見
整理のことばかり書かないで、海に行く話を書け、そう言われるのが嫌だから、潜れなくなったら、昔話は書けない。
明日、10月16日、伊豆に行くつもりだったけど、季節はずれの台風のために中止にした。
 今日は、望月昭伸君のことだ。
 ビデオを整理していたら、ニュースステーションの小笠原のテープが出てきた。僕が撮ったテープではない。そのころ、僕はニュースステーションの専属みたいなものだったから、プロデューサーに呼ばれて、「今回の小笠原は、申し訳ないけど望月さんという人にやらせてくれないか。それはそうと、望月さんはどんな人?いい人、それとも忍術使い?」
と聞かれた。望月君は、清水の魚屋さんの息子で、まだ十代の時に紹介された。魚屋を継がずに、水中カメラマンになると。それから十年以上経って、カメラマンとして一流になったころ、たしか、ダイバーズフェスティバルだったか、遠くの方から僕を見かけると走ってきて、抱きつかんばかりにして、「須賀さん、元気?」と声を掛けてくれる。なかなかそう言う人は居ない。
 文句なしに良い人だ。
 テープを見ると、まだまだ、小笠原のホエールウオッチングも初期の頃で、苦労している。小笠原ダイビングセンターの古賀さんのボートが全速で、ザトウクジラを追っている。クジラが水の上に跳び上がる。望月君は4リッターの小さいタンクを背負って、全速で走るボートの上からカメラを持って飛び込む。今ではきっと、あんなふうにクジラを追い回すのは許可にならないのだろう。ニュースステーションの番組は大成功だった。
 望月君もその後、クジラに慣れて、ゆったりと泳いでもクジラに接近できるようになり、ザトウクジラの尾に叩かれたのかも知れない、行方不明になった。多分接近しすぎたのだろう。クジラに賭けた望月くんらしい、良い死に方だと羨ましく思った。
  こんな死に方は、僕は事故とは言わない。ダイバーの水中での自然死だ。 


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